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命だよ、それ。

僕は最近疑問に思うことがある。

ブログやSNS内では、盆栽に針金をかけたりして、すぐに写真を載せる人が結構いるんだなと思いました。

針金をかけて、姿を変えるのは楽しいです。僕は、あるいみそれでご飯頂いてるわけです。

でもどうでしょう?                              その前に何故針金をかけるか、もう一度考えてみましょう。

結論から言うと、樹の成熟をはやめるために、針金掛けがあります

まず若い枝は本能で将来優位なポジションを得るために、上へ上へと伸びます。

そして、盆栽は殆ど樹としては青年期です。黒松でも、成熟に至るまで自然環境では大体100年前後かかりますが、樹齢100年を経た盆栽は黒松に限らず殆どありません。

ですから、何らかの仕方で枝を下げても、本来の潜在能力が表にでて、枝がまた上がってきてしまいます。

盆栽は以前の記事「大樹の相」で書いたように、自然の老大樹の姿をたのしむためには、この性質は不都合なわけです。

ですから、この性質を抑制するためにも、枝きり、芽摘み、根きり、そして針金があります。

だから、枝を針金で下げると、枝の成熟が早くなり、花や実つきが良くなります。

枝で作られた栄養分が、枝に残るわけですね。

そして、自然な状態だと、優位なポジションを取れなかった枝が弱ってきます。

針金で枝をひろげてあげると、枝に満遍なく光が当たるので、弱い枝が助けられたり、フトコロ部に芽をもつことがあります。

盆栽は小さな鉢で長い年月大きさを維持するわけですから、こういった元の芽を充実させて、先に行った芽を追い込み、その繰り返しで大きさを維持するわけです。

簡単に言うと、グ-にした腕を電気や日光の前でパーにしてください。手のひらにたくさん光が当たるでしょう?そういう事です。

針金掛けのもっとも大事な意味は、この上に上がってきて、グーのようになった枝先を、パーのようにひろげて、枝に満遍なく光をあてる、この作業なのです。

人間だってアンチエイジング、大好きじゃないですか。

でも、実際この仕事をしている人って少ない。

盆栽の手入れは使い方によっては、愛のムチにもなるし、体罰にもなる。針金掛けは特に厳しいしつけである。

興味本位の針金掛けは、なんで廊下を走ってはいけないかわからない子供を、いきなり殴っているようなものである。

だいたい「改作しました!」って、それが原因でその後枯れちゃったら、それは失敗だよ。

載せたい気持ちはすごくわかるけど、ちゃんと芽が動いて枯れなかった事を確認してから、載せるべきだと思う。

雑誌で仕事の後すぐに載せる場合は紹介されてる仕事は、あくまでそれを熟知しているプロだからである。

しかもプロだってギリギリの仕事をすれば枯れることはある。そんな仕事は普通記事に載せない。

興味本位で真似されたら困るからである。

樹は生き物だから、いずれ必ず枯れて死にます。「真似したら枯れた!」って苦情を言う人もいます。考えてください。なんて悲しい事でしょう。

大事なのは大仕事の後の後管理であって、曲げるだけなら誰でもできます。

その誰でもできるが落とし穴なんだ。

針金掛けで興味をそそって盆栽を広げようという考え。        

僕は反省しなければならない。

どうしても掛けたいなら、しっかりとしたアドバイスをしてくれる方(プロ、アマ問わず)にちゃんと指導を受けるべきではないでしょうか。

針金かけなんて出来なくても、芽摘みや枝抜き、植替えで自然態の樹形は維持できるわけだし。

第一さ、命だよ、それ。 

↓参考にしてみてはいかがでしょうか?

http://www7.ocn.ne.jp/~toyoan/index.html

http://www.iris.dti.ne.jp/~kyukaen/index.html

       

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「盆栽」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。

国風展の期間中,グリーン倶楽部の2Fで昌国の鋏を売っています。
お時間があったら寄ってみてください。
店番は何人かいて入れ替わり立ち代わりしますが,
若そうな売り子がいたら私です。

投稿: 針金を捨てた盆栽屋 | 2007年2月14日 (水) 22時27分

針金を捨てた盆栽屋さん、かきこみありがとうございます。

ふふふ、実はもうお会いしていますよ。

それも今日。
白い眼鏡を掛けたちびっこい小僧です。

まさか、ここでお会いできるとは。

縁とは不思議なものですね。

投稿: ちどり | 2007年2月14日 (水) 22時31分

やっぱりね(笑)。
何となくそんな気がしていました。

普通の人が盆栽に対してどういう感想を持っているのか
知りたいと思い,定期的に「盆栽」をキーワードに
ブログをサーチしていまして,
それでこちらにたどり着きました。

国風展に出ている宮内庁の黒松に対する評価が真っ二つに割れていて面白いです。
「なんであんなのが出ているの?」という人もいれば,
「あれ以外に面白い物はない」という人もいます。
(私自身はまだこの木を見ていないのだけれど。)

いわゆる盆栽ファンではなくて,
植物が好きな人,自然が好きな人に,
「あれ以外に面白い物はない派」が多いように感じます。
植物が好きな人が背を向けてしまう
今の盆栽って一体なに???

でも,それは結局好みの問題だから
どっちが良い悪いということではない。
世間で「盆栽」と一括りにされている物の中に,
実はいろいろなスタイルや趣味の違いがある
ということが伝わって行けば,私は満足です。

投稿: 針金を捨てた盆栽屋 | 2007年2月15日 (木) 00時45分

宮内庁の黒松、展示された樹のなかでも、圧倒的な時代感でした。

もう、あそこまでくるとむしろ怖いですね。
畏敬みたいなものを感じます。

僕はあの樹に対する意見がわかれて然るべくとおもいます。

盆栽屋さんの仰るように、色んな盆栽観やスタイルがあっていいものだし、

そんな意味ではあの樹に出会うこと自体、どの価値観で盆栽を楽しむ人にとっても「考えるキッカケ」になるのではないでしょうか?

面白かったのは、近くに国風賞の黒松が展示してあって、両極をここでみれるとは思ってませんでした。

僕はコテコテの盆栽をやってますから、どちらもそれぞれの良さで楽しんでいます。

投稿: ちどり | 2007年2月15日 (木) 19時24分

宮内庁の黒松は私には相当よかったです。
特に遠くから見たときに長い葉がちょうどよく見えました。
あんまり床の間に飾るようなことは考えてないように思えますね。
演壇なんかの後ろにデンと置かれて、前にいる人を引き立たせる役割ですかね。
デカいのに添えなんですかね。
。。。て、mi×iでも同じような事書いてきたところですが(^^;)

怖いと感じるのは、「後ろから見てるぞ」と言われそうだからかもしれませんね。

あと気になったのはブナの株立ちの様なもの。会場の角にありました。
ドーム状になったやつです。
かなり装飾的、建築的な感じで、自然らしいかと言えばそうでもなく、いわゆる盆栽らしいかと言えばやはりそうでもない。
自然の曲線を取り入れた人工物、のような本当の植物、みたいな言い方をしなくてはいけなくて、感覚も評価も自分の中でぐるぐるします。多分本当に人工のものなら好きときっぱりいえるのですが。。。(笑)

投稿: 緑青 | 2007年2月16日 (金) 23時07分

緑青さん、書き込みありがとうございます。

おお!確かに、コジンマリというより、ドンと存在感がありますね。

僕個人的にはああいったブワっとした樹は好きですが、後ろから見られていては怖いですね。

後ブナ、「夏蒸れちゃって維持が大変そうだな」ってつぶやいてしまいした。

枝先は綺麗にほぐれているんですが、緑青さんの仰る通り独特の景色でしたね。

あれってば、芽だしの頃、イルミネーションのように枝先がきらきら光る感じ。

或いは、豪奢なモスクみたいな感じ。

投稿: ちどり | 2007年2月17日 (土) 20時24分

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