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イニシエーション

イニシエーション(通過儀礼)。

僕は、自分自身に起きた納得のいかない事実や、目的や意味の見出せない行為に対して、この単語を呪文のように心の中で言い聞かせています。

そりゃ生きてりゃどうしても逃げ出したい事や、頭に血が上ってしまう事がいくらでもあるんですが、

僕自身もこういった事に対しての「処理」が下手くそで、イチイチ振り回されてしまい、ぐったりと疲れてしまうので、

さすがにこんな事でイチイチ「目的」や「意味づけ」を考えて、自分の正当性を追及していたら、身体的にも精神的にももたないんじゃないかなって感じるようになっていました。

そんなとき出会った言葉が「イニシエーション」です。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E9%81%8E%E5%84%80%E7%A4%BC

マサイの戦士がライオンと戦ったり、密林の部族が樹のツルを足に巻いてバンジージャンプしたり、

あんな命がけの儀式に正直意味をみいだせませんよね。

だって、成人式をぶち壊す若者がいるくらいなんだから、そんな儀式で大人になるわけ無いって、そう思うのも当然だと思います。

けれど、このイニシエーション自体の意味や目的が無くても、それを通過する本人にとって自分自身が成長する手段となるかどうか?って事が大事だと思うんです。

ましてや、成人式みたいに同窓会みたいな楽しい行事ではなく、実際にイニシエーションと言えば、未知の世界に足を踏み入れ、その中で恐怖や困難にぶつかりながら、自分自身を乗り越えていくわけですから、おそらくはライオンと戦う前と後では、確実に本人の心の中では何かが変わっていると思われるのです。

たかだか日本での社会生活ごときで、大袈裟かもしれないけど、そうやって考えていくと、案外と自分の気持ちを納得させるというか、自分の成長のためには欠かす事が出来ない儀式だと思うと、不思議と覚悟が決まるみたいになるし、

他の人がやっていることが、僕自身イラついたり、納得いかなかったりしても、それを受け流す事も少しずつ出来たりします。

それに、そういった目でみていくと、何かに挑戦する人や静かに耐える人をみると、僕はその背景や目的や意味とは別に、この人にとっては避けて通る事が出来ない事なんだなと思って、その覚悟や決意を考えると、

その行為そのもに尊敬と感動を覚えるのです。

そんでもって、そういう人ってよく目を凝らすと案外と多くて、僕自身の気持ちを省みると言うか、自分の立ち位置を見直す機会になったりするのです。

かといって、ここまで述べた気持ちにならないのではなくて、いくらでも沸き起こってくる感情を、そういった「イニシエーション」という単語を心の中で唱える事で、いったん整理する事ができるというわけです。

だから、怒りや不安、その他様々な感情が、自分の中で蓄積しすぎて、どんどんマイナスの方向に気持ちが進まない1つの手段が、この呪文だということなのです。

ただしあくまで、「僕の場合」の話でして、そういった考えが正しいともおもわないし、それぞれの考えで色んな物事に対処していく事が大切だと思います。

けれど僕にとっては、ライオンはアフリカの草原に行かないと戦えないなんて事はないのです。

実は僕自身、知らず知らずのうちに目の前のライオンとの戦いから逃げていたんだなって思います。ライオンの倒し方を語れても、戦った事は無いみたいな。

遅れて来た思春期というのは、10代という大事な時期にライオンとの戦いから逃げてきた僕は、大人になる沢山のチャンスを自分自身の問題で逸してきてしまった訳で、

今更かも知れないけど、ちゃんとライオンと正面から向き合って戦っている状態なのです。

これは大人になるための通過儀礼に限定すればそうだけど、これから色んなハードルにぶち当たっても、その都度この呪文を唱えていきたいと思っています。

「イニシエーション!!」

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