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さよなら盆栽論。

ここしばらく仕事を続けているとき、ふと思うことは、

当たり前の事だけれど、この仕事に対して、もっと遥かに上があるなっていう実感です。

もちろんそれは感覚的なことだけじゃなくて、技術的なこともふくめてなのです。

もっとずっと樹に負担をかけずに針金を巻けるとか、水をあげるタイミングの難しさとか。

そういった仕事を見れるという事は、出来る出来ないの結果は別として、「目指せる」わけで、

すると自分が今いる場所が見えてきて、

少なくとも盆栽について語れるポジションにいないとハッキリ気がつくわけです。

そんで目指す部分も盆栽評論家とか、盆栽史家みたいな事じゃなくて、ちゃんと樹を作れる人になりたくて、

そうなるとまだまだ時間はかかることがわかってきたのです。

遅すぎです。

ここではやくも匙を投げるようですが、

飾りとか、スタイルとか、わびさびとかになったら僕はもうお手上げです。

国宝のお茶碗みたって、茶碗の良さなんて使ってみないとわかんないじゃんとか思ってしまうし。

盆栽鉢だって、植栽してみなきゃ使いやすさも含めて、その良さなんてわかんないし、その逆もそう。

未だに盆栽よりも自然の樹木のほうが好きだし。

そもそも僕個人としては盆栽と和って別だと思ってるし。

それで○○盆栽っていうのに抵抗ないし

だから僕の仕事が将来、どういうスタイルに限らず、鉢の上に植えられた丹精された樹木を作れるという事ができるよう努力したいなと思います。

だから盆栽とは?何て僕の仕事じゃなくて、そんなものは僕たち作り手が育てた樹を好きな鉢に植えて、好きな場所に好きなように飾った人が、好きな理屈をくっ付ければ良いわけで、

だからこそ僕がこだわりたいのは、すべての始まり「実生」と、スタイルを問わない命のリレーなのです。

目の前にある実生苗を見てわざわざ難しい本を読まなくちゃ、その実生苗の素晴らしさがわからないなんて、ばかばかしい話で、

見れば言葉以上の感動が必ずあると思うし、それを感じてくれればいいと思います。

というわけで、さよなら盆栽論。

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コメント

その存在に支えられている部分がある私が言うのもなんなんですが、盆栽に限らず絵画、彫刻、音楽、映画・・・私自信あまり評論家という存在は好きじゃないです・・・。「なんで???」とクビを捻るものでも絶賛する評論家があまりに多すぎたりするのも原因の一つなのだけど・・。でもビジネスとして成功するのには評論家の存在が大きいのが現状ですよね。

趣味嗜好の世界ならその人その人で好みは別れて当然なので、誰でもがある部分評論家的な部分を持ち合わせているのは当然なわけで。自分がなぜそれが好きか他人に理解して欲しいときに言葉が必要であれば十分なんだと思います。自分自身を納得させる手段であるならば不健康ではないでしょうか。評論家の言葉が考えるきっかけになるならその時評論家の存在は凄く意味があるのだと思うのだけど、評論家のいう事に耳を傾ける事で考えもせずに自分の意思だとか嗜好を捨てたり否定しまう人もいるのは非常に残念な事ですよね。

趣味嗜好の世界が自由でなければ、どこで自由に表現すれば、自由であれば良いのでしょうか。自分の好きなように突き進む所に楽しさがあるんだと思うのだけど・・・。見て「素敵」だとか「カッコイイ」と感じたなら素直にそういえる土壌になってほしいですね。

投稿: 夢湖 | 2007年12月 5日 (水) 23時12分

夢子さん書き込みありがとうございます。

僕が考えてるのは、例えば本当に有るもの、見えないけど有るものを、しっかりと語れるか?という事です。

どんなに素晴らしい評論でも、そこに無ければ、それはやはり無いのだと思うのです。

こういう話になると、とても誤解をされる事が多いのですが、

相手に伝えたい想いがあればこそ、その言葉は生きているわけで、盆栽を語るために用意された符号を、盆栽の前でただ並べただけの評論はやはり、わかる人にはわかります。

でも、ネットとかになると実際に沢山の盆栽に生で触れている人だけじゃないから、言葉の扱い方が難しくなるわけで、

そこで何かいい方法はないかなと考えた時に、実際に触れる事、キッカケづ作りをしたいなと思うようになりました

例えば、蒔いてけれ!なのです。

そんで「あ!」、みんなの「あ!」を言葉にするお手伝い、或いは言葉を聞きたいと思うのです。

それが出来るようになるまで、まだまだ努力が必要だなって思い、

漠然と盆栽全般を語る事はやめて、

僕自身の盆栽的な関わりを通して、盆栽に興味を持っていただけるようにしたいなって考えています。


投稿: ちどり | 2007年12月 6日 (木) 19時36分

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