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初取材。

春に年季明けして田舎にかえるもんで、

親方のはからいで、盆栽の整姿、整形のお仕事の取材をするこになり、先先日、先日がその日だったわけで、

今こうして日記を書いているのも、相当な重圧から解放されてホッとしたからで、

取材が決まってからの数ヶ月、色々な想いがめぐって、普段めったに見ないはずの、怖い夢をテンコ盛に見まくりました。

まず1つは、その素材探し。

取材で使うからには、それに向くものという事で、それを探すのに(親方が協力してくれたのですが)時間がかかり、実際に決まったのは取材日の10日前くらいでした。

石についた株立ちの五葉松で、高さは40センチ弱ですが左に大きく泳ぎだした子幹があり、左右は1メートル以上ありました。

親方が仕入れてきたものを、何気みていたら、「これ取材に使うか?」って言われて、内心「マジで!?」って思ったのですが、親方が薦めるって事は、僕に出来ると思ってくれているからだろうと、勢いで「やらせてください!」と言ってしまいました。

そんで、次に僕を悩ませたのは、その方向性です。

細かく分けると、①まずどういった仕事か?と言うわけです。

親方曰く「技術的に高い仕事をしても、仕上がったものが良くなければ意味がない。例えば枝一本抜いただけでも、大改作になることもある。」とのことでした。

要するに、みる人は作り手のセンスを評価するというわけです。

「はい、曲げました。」みたいな、散々技術を駆使してむしろ仕事前より悪くしてしまっては仕方ありません。

で、②作風です。

僕ははじめ、今の園で習得したものを披露する事だけ考えていたのですが、親方曰く「この記事は卒業試験なんて甘いもんじゃない。これから世に出る作家ちどりが、今後どういった方向性で仕事をしていくか?それを世に知ってもらう機会なんだ。」というのです。

ですから、僕の田舎の、独特の作風も踏まえて仕事をするか?はたまた今主流の締めこんで小さく作って、持込や凝縮の美を強調したものにするかで、僕のこれからに影響をあたえる、と言うのです。

実際に仕事をして、僕の園に来てみたら、取材の時と全然違うものがあるってんじゃ・・・。というわけです。

さらに③初めてが一番大事ということです。

どんな仕事でも初めの一回目が上手くいかなければ、もう次はないって事でした。たとえば、その仕事もプロが見て納得するようなものでなければいけないと言うのです。

これが一番の心配要素ですが、④僕はこれまで、一本の樹に枝抜きから針金掛け、植替えを含めても、一通り仕事をしたのは、片手で数えるくらいしかないのです。

徹底的に針金を掛けるだけはしても、それを実際に曲げたりするのは職人さんや親方で、みなさんを欺くようで悪いのですが、ある意味経験だけで言ったらド素人みたいなものなのです。

ましてや、株立ちや文人は非常に難しい素材だし、一回も作ったことのない未知の領域。

本番まで時間もないし、検討するにしても枝を抜いた後が想像できないから、一考に不安が小さくなる事はありません。

正直自分が出来るかどうかすらわからない気持ちで本番をむかえにゃならず、先にあげた事情もあって、プレッシャーで不安定になっていました。

というわけで、当日。

とにかく寒い朝であったのですが、それ以上に緊張で胸が苦しかったです。「へたれてるなー」って思いながら、始まったのですが、

まず、普通なら、右の利口な親や、親の根元からでた子供たちだけで作ってしまえば、オシャレな樹になるのですが、僕はその時どうしても左に流れたヤンチャな子供を救える方法がないかと、その判断は、右側を作ってからにしたいと、編集長さんに告げました。

そんで、早速枝抜きですが、思い切って自分自身が要らないと思っていた枝をバチバチと抜いたのですが、手が震えてまともにハサミも握れないくらいでした。

ところが、その枝抜きの後の姿を見た瞬間「いける!」って思ったのです。自分が想像していた通りの姿が現れたからです。

もしここで、思いがけず素材を壊してしまっていたら、多分そうとうパニックになっていたのだと思います。

感覚でしかいえないのですが、そのおかげで緊張がスッと和らいだ気がします。

そこからは、針金を巻き始めたのですが、なんせ株立ちで芽数が多いから全く進まない。結局巻くだけで深夜3時になってしまいました。

その間の話になってしまいますが、はじめ編集長は左の泳ぎだしは「切りなさい」と言うことでした。

確かに今の感覚で言えば、殆どの人が、真っ先に抜く枝です。ですから、この枝を抜かないって事はセンスがないって事かもしれません。

でも僕は、その枝みたいに、粗野な部分こそ、自然らしさの表現だと思っています。僕はあえて言わせてもらえば、オシャレな樹より、少しくらいダサくたってワイルドな樹こそ「本物」の表現だと考えているのです。

もちろんそういった長い部分はすべて残すとか言えば、結局セオリーに任せているのと同じで、少なくとも僕の感覚で言えば、今回の樹はどうにかして生かしたかったという事なのです。

けれど、僕も先に挙げたプレッシャーを意識しすぎて、最終的には切ってしまうつもりでいました。評価を意識しすぎていたのですね。

残す意思表示もしながら、世間に受ける仕事に頭が行っていたのです。

けれども状況が一変する出来事が起こりました。夜中にお酒を飲んできた親方や編集長さん一行が、僕の様子を見にきてくださったのです。

その時は植替えはしないという事だったのに、植替え、しかも鉢に納める(石につけるつもりでいたので)前提で樹作りを進めなさいという事でした。そうなると、景色の作り方も大きく変えることもあり、時間的にも日付が変わっていたので、かなり焦りました。

かなり迷って1時間以上樹とにらめっこしながら手が止まった状態でいたのですが、僕はこの際思い切り決断をして、左を残す方向で仕事をする事にしたのです。

後で聞いた話ですが、飲みの席で親方が、編集長さんに「ちどり君自身に表現の幅を持たせてやってくれ。」と言ってくれていたそうです。

でもその時の乱入?がなかったら、僕は結局左を切っていたと思います。

その後、右側だけ朝までに仕上げる約束で、右が仕上がったのが朝の7時でした。

仕事は毎日7時半からなので、アパートに帰る時間もなかったしそのまま2日目に突入しました。

そして、取材が始まると左を残す事を告げ、枝抜きと針金掛け、整姿と進み、

植替えの鉢も自分で選ばせて頂いて、無事に鉢に納まり、

最終姿の撮影は4時ごろだったと思います。

自分自身の感想としては、景色の面白い姿になったと思います。たしかに受けは良いとおもえないので、ご批判も覚悟の上で決断しましたし、逆に次があるなんて考えずに、これが最後のチャンスだと思って、自分の表現を貫けて、自身としては非常に達成感があるのです。

もちろん親方や職人さん、田舎の親父や僕の彼女、パオの光永さんには、精神的なアドバイスを頂いて、とても勇気が湧きました。

そんで、やはり思い起こされたのはMIXI時代から僕のワガママに付き合ってくださっているみなさんで、

僕の表現が死んでいた時にも、みなさんがるねさんすに付き合ってくれたおかげで、ここまでこれたんだと思っています。

この場を借りてお礼を言わせてください。

ありがとう。

そんでこの記事がボツにならなければ、そのうち誌面に掲載されるとおもうので、その時はこのブログで紹介したいと思います。

今回の仕事を見て頂く事で、何かしらの恩返しになると信じています。

もうそろそろ、このコソコソブログも卒業です。

以前言っていた実生で遊べるHP構想も春までに実現するのは難しいけど、去年は五葉松の種も沢山取れたから、皆さんにお送りすることが出来そうなので、楽しみに待っていてください。

深夜、前日に腱鞘炎で痛めた手首を気にしながら頭によぎった呪文はやはり「イニシエーション」でした。

今回の経験が僕自身を成長させたのは言うまでもなく、あとは世間の評価がどうなったとしてもしっかり現実を受けとめ、残りわずかの修行生活も丁寧に過ごしていきたいと思います。

「心に描いた幸せの絵を、きっと仕上げて、君に見せてあげたいな。」(ブルーハーツ、インスピレーションより)

みんなありがとー!

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お知らせだん。

1月15日(火)NHKのBS2で午後九時より、パオさんの映画「老親」が放映されます。

パオさんの言葉をお借りすると、

『昨年「小林桂樹俳優65年映画祭」が新文芸坐で催され、光栄にも「老親」が出演作品260本の中の1本として選ばれました事を、ご報告します。』

というわけで、もし家にBSがある方は、ご覧になってください。

登場人物の一人一人の個性がしっかり際立っていて面白いと思います。

というわけで、本年もよろしく~ね!

HPです。↓あと左のバーのBornsaiな人々からもいけます。

http://www.pao-jp.com/schedule.html

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