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降りすぎだ!バカヤロ-!!

三日降り続いた雪は、気がつけばあっという間のウン十cm。

うちの田舎は、山を挟んで米沢と隣りあわせなので、同じ市内でも、さらに特別雪が多い場所なのです。

けれど、降り始め0センチから、一気にここまで降るのは、僕の地域でも随分珍しい事態です。

Dsc01850 これ昨日の朝でございます。

Dsc01851 これは今日の朝です。

何なんでしょう、この景色。

Dsc01852 もう、盆栽園としての機能は全く果たしておりません。

盆栽は深く雪の中です。

斉藤清の版画みたいです。

297_new ちなみにこれは初秋の風景。

同じ場所ですよ、これ。

雪国の方に敬意を表します。

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上がって畑、降って大雪。

昨日まで非常に穏やかな天気が続いたのです。

そんなことで、昨日まで僕のところでは畑に植えてある盆栽素材をあげていました。

066 こうやって上げる素材の周りを大きめに掘っていきます。

067

根元の土をなるべく崩さないようにそっくり抜き取ります。

068 根が畑上げに適した状態か確認しながら、丁寧に根っこの整理をしていきます。

根っこの状態が悪い場合、そのままもう一度植えなおします。

069 根元を布でしっかり包んで紐で縛ります。

070 へい!いっちょあがり。

065そんなわけで、軽トラの背中に森ができました。

畑から上げる場合、プラ鉢にそっくり植える場合もあります。

畑の土はそのままです。

この時期は無理に盆栽の培養土での植替えは行わず、春をまって本格的な植替えをします。

それまでに、上の素材は「荒作り」を行っておくと作業は流れがよくなります。

こんな感じで親父の指導の下、僕と兄貴で1日で40本畑から上げました。かなりハードな作業でしたが、地に生えてる樹が、盆栽素材になる大事な仕事ですから、とても充実したものになります。

というわけで、その日食べたケーキは実においしかったのですが・・・。

今日は昨日から考えられないくらいの大雪でした。

085

確かに昨日穏やかな天気の中、吾妻山から次第に真っ白な雲がやってきて、夕方、仕事も終わりが近づいてきた頃から、雨が降り始まったのですが、まさかここまで降るとはおもいませんでした。

ちなみに、この写真の後、盆栽に乗った雪は払い落としました。(すぐに同じくらいつもるのですが)

それと五葉松だから、これくらい乗っても平気ですが、梅やサツキなんかだったら大変なことになりますので、気をつけてくださいね。

年内天気が良かったので、出来るだけ畑から素材を上げようと計画を立てていたので、とりあえず一安心ですが、それにしても滑り込みセーフでした。根雪にならなければいいのですが。

074里子のリン、初めての雪に大興奮の巻。

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盆栽みたいな自然樹。

おかしくないようで、おかしな表現ですね。

自然樹形をお手本にするのが盆栽なのに、その逆ですからね。

でも、案外そういった樹は多いようで少ないのですよ。

ということは、考えてみれば自然に生える樹のなかで、より美しく見えるもの、昔の人間ちゃんがみて感動したものをチョイスして、盆上に表したものが盆栽的に美しいものということになりませんか?

というわけで、吾妻山には、風に吹かれて非常にワイルドな表現をした木々が多いのですが、その中でもより盆栽らしい樹を紹介したいと思います。

Dsc01160_new この樹は、幕川温泉に続く一本道、崖のすぐ上にある五葉松の双幹です。

かつてこの樹をみた僕の祖父、阿部倉吉は、「これこそ空間有美だ」といったそうです。

言葉以上の伝えられない部分をこういった実物を教科書に教わることができるのですから、非常にありがたいことなのです。

道筋の真上にあるので、気がつかないで通り過ぎてしまう人も多いのですが、冬の閉鎖期以外なら気軽に見ることの出来る名木です。

吾妻山に来た人は是非この樹をみて帰って欲しいと思います。

ところで、小さな鉢に入る盆栽になると、人が手を加えなければ、その自然で作られるような形になることは無いのです。

当たり前といえば当たり前です。枝が下に下がるだけの重力や、とてつもない強風、豪雪は、僕たちの住む里では中々味わえないわけですから。環境が違うんです。

ようするに、厳密に言えば人の手が加わらないものは(丹精がなければ)、鉢に入ったからといって盆栽とはいえないのです。

「盆に植物を入れる表現すべてが盆栽というわけじゃない、植物を自然が作る姿に近づけていく時間が盆栽なんだ」、随分頭でっかちの表現ですね。でもあえて言ってみました。

それと、自然樹すべてが盆栽表現に応用する上で美しいとは限りません。

一本の樹の中にもいい部分と悪い部分があります。先人たちの感動の積み重ねが教えてくれます。

盆栽鑑賞は、そのトータルのバランスで評価されるわけですね。景色ってことです。

欠点のまるで無い樹なんてこの世に存在しませんから。人間だって一緒でしょ。?

というわけで、盆栽みたいな自然樹にであったら大事に大事に観察してみてくださいね。

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やっぱり株が好き。

といっても株式のかぶじゃないですよ。

盆栽の樹形の種類で、一本の樹の足もとから数本の幹が分かれて生えているものを「株立ち」といいます。

よくお客様から聞かれるご質問に「どんな樹形が好きなの?」というものがあります。(五葉松ばかりの盆栽やさんで、好きな種類はきかれないものです、やはり)

僕は「どんな樹形でも良い樹が好きです。」と答えます。もちろん本意もその通りですが、

一つ気がかりなことがあります。

それは、お客様の中で一番人気のない樹形は「株立ち」です。

僕は株立ちのもつ、絶妙なバランスがとても好きです。

一本一本は特別なものではないのに、一つの幹にまとまると、全く別の樹に生まれ変わります。

過去「この樹一本一本の値段を足しても、これ一株の値段にならないですよね。」といわれたことがあります。

たしかに仰るとおりですが、そんな平凡な子供たちが組み合うことで、1+1=2以上の魅力を生み出してくれるというわけです。

ガサばって場所はとるし、一本樹とちがい、バランスで鑑賞するので、一本でも幹が枯れるとまるで価値の違うものになるんですが、そんな儚くも美しいバランスをこの機会に育ててみてはいかがでしょうか?

ちなみに実生から仕立てる場合は、取り木とかがあるんですが、そのお話はまた別の日に。

それでは、いくつか写真をのせます。

Dh000055 これは3年前の盆久楽会に出品した会員さんの盆栽です。

右に大きく流れた枝が、より吾妻山の風を表現しています。

Dh000045 これは右に小さな子供たちがワイワイ遊んでます。

右の足元に幹がずーっと繋がっていて、これも一本の樹なのです。

3444 今年の盆久楽展です。

こういった太い幹の木も、途中で分かれていると、面白い景色になります。

3411 これも今年の盆久楽展。

石の乗ってる樹です。

左に根が立ち上がっているところも面白いです。

Img_2 これは、僕が好きな樹ベスト3にはいります。

以前ある愛盆家さんが、この樹を見て、「これこそ盆栽だ」と仰りました。

「こういった自然らしい樹は、洒落た樹よりも上だと思う。」と。

本来なら、幹がクロスしているのは忌み形なのですが、この樹はそのバランスで嫌味が嫌味でありません。

左の子供2本が、あることで、嫌味も含めて全体の景色で楽しめる樹だと思います。

僕はこの嫌味も含めて全体の景色で楽しめるという部分がワイルドな表現のヒントになっているのかなと思っています。

というわけで、みなさんもぜひ株立ちに注目してみてくださいね。

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スイスからのお客さま

今日は随分と遠くからお客さんがきてくださいました。

お昼過ぎに仕事していると、以前僕んちに来ていただいたお客さんがご夫婦でいらしたのですが、その後ろにマウンテンサイズのお客さんがいるではないですか。

見るからに異国のかたとは分かるのですが、尋ねると、スイスからのお客様でした。

そのご夫婦の娘さんが、インターナショナルなお仕事の関係で知り合った方らしく、数年に1度日本に遊びに来るそうなのですが、

以前から盆栽に興味を持っていたそうなのですが、色々な縁があって、僕んちにきてくれたというわけです。

うれしいですねー。こんな辺鄙な田舎にわざわざ海外から来ていただけるなんて。

京都や、平泉の毛越寺なんかをみて、その中のチョイスになぜか田舎のぼんさいやさん。

0011 身長は190センチ以上あるそうです。

大きな指で、小さな盆栽をつくるんだろうなー、と思いました。

0031

せっかく来ていただいたので、畑で仕立てた五葉松素材の「荒作り」を見ていただきました。

写真は親父が「ジンつくり」のレクチャーをしているところです。

0051 ばっさり枝を抜いて、針金をかけました。

「こんなに枝を落として、盆栽になるのか?」という質問に、

「盆栽は幹は太く、枝は細く」という基本をお話しました。

盆栽素材は鉢に入ると、幹はほとんど太りませんが、枝は放って置くと、みるみる太ってしまいます。

ですから、始めから枝葉がこんもりした姿にしようと、ある枝を使うだけ使って作っても、太い枝はすぐに太くなり、幹に見合わない枝になってしまい、優しい枝葉の姿を崩してしまうことになるのです。

特に「荒作り」の後は、枝は早く太ります。

というわけで、初めての仕事の時は、太い枝は可能な限り切り取って、細い枝で作るのです。

要するに、始めから姿を完成させようとしないで、数年後の枝の成長を見越して、枝は切らなくてはいけないのです。

ちなみに、幹を負かしてしまうような太い枝を僕の爺さんは「親不孝枝」といいました。

こういった枝をつけていると、弱い枝に勢いがつかないので、健康面でもバランスが取れなくなってしまうのです。

といって感じで、説明しました。

海外の方は特に、質問攻めできます。知らない、わからない、なんとなくでは、にげられません。

けど、自然の生理から説明していくと、樹作りもほとんど理由があるものです。

お客さんも、「荒作り」に喜んで帰って行きました。

うれしいです。ほっとしました。

余談ですが、向こうの方は、日本人の庭には当たり前のように盆栽があるのだと思っていたのに、まるで見かけないので驚いたそうです。

僕らが思っているより、海外の方は盆栽に対する文化的な評価が高いのだなと思いました。もったいないですね、日本人と思いますが、僕に出来ることは種まき運動ぐらしかないので、無くさないようにがんばります。

最後に、その方のHPのアドレス教えていただきました。

この機会に、みなさんも海外の愛盆家さんの感性に触れてみてはいかがでしょうか?

http://www.bonsaiseiten.ch/

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盆久楽会、定期講習会。

先日、ぼんさいや「あべ」の盆栽会、盆久楽会(ぼんくらかい)の月に1度の講習会が近所の集会所を借りて行われました。

講習会の趣旨は、メインは「空間有美」が好きだ!ってことなんですが、皆さん素材を持ち寄りで、親父指導の下、枝抜きを行い、その後会員さん自ら針金を掛けて、枝振りをして、最後に親父の手直しが入るというわけです。

それでは、その模様です。

4885 ばさばさの樹の中から、一枝一枝役割を決めていきます。

会員のみなさんは、それぞれが議論しながら、親父の枝抜きに集中しています。

4902 それぞれが、自分の素材に針金をかけています。

みなさん愛盆歴の長いベテランさんですから、上手に針金を巻いていきます。

4897 休憩風景です。

男性が外で働き、女性たちが家を守りながら、実生を育ててきた文化が、ここにはあります。

女性の会員さんも針金かけはお手の物です。

4908 最高齢の会員さん、マキばあちゃんです。もう80うん才です。

女性ですから、正確な年齢は秘密です。

自分の畑で仕立てた素材で仕事しています。

これも、次の世代に託される大事なバトンになるわけですね。

49111 こうやって、最初の荒作りの仕事をする方や、仕上げの仕事をする人など、持ち寄る素材によって内容は様々です。

一枝一枝、しっかりと役割を作ると、後々の培養管理が非常に楽になります。

4917 一日で切り落とされた枝です。

手前の眼鏡は僕のです。大きさ比較的な意味で。

朝9時から始まった講習会も、終了したのは、日が落ちる頃でした。

遠く県外からも、講習会に駆けつけてくれる方もいて、本当にありがたい限りです。

こうやって、少しでも盆栽が「楽しみ、生きがい」になてくれれば、

何よりうれしいことです。

僕は、盆栽は楽しく年を重ねられる趣味だとおもっています。

こうやって人生を僕の何倍も生きている愛盆家さんがいてくれる事は、まさにその証明。

僕ら若い愛盆家にとっての励みです。

若い愛好家さんが増えれば、確かにその世界は活気づきます。

けれど、僕はもう一つ盆栽というものの魅力から考えて、

年を重ねた方たちが、その熱を冷まさずにいれる、そんな趣味であって欲しいと願います。

僕は若い愛盆家さんだけでなく、年を重ねても大いに活き活きしている愛盆家さんがもっと増えることを願いますし、またそういった観点からも努力が必要だと考えています。

よくばりですかね?

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樹が、盆栽に変わる時。

みなさんは、「荒作り」というものをごぞんじでしょうか?

僕は、盆栽は、人の手によって「しつけ」がなされて、はじめて盆栽と呼べるのだと思っています。

ですから、実生で育てた素材も、天然の素材も、一枝一枝に役割を持たせてあげる必要があり、その初めてのしつけが、「荒作り」といわれる仕事なのです。

僕のいるぼんさいや「あべ」は、特に五葉松の荒作りを得意分野としています。

「改作」といわれる持ち崩した盆栽を、手を入れることで樹格向上させる仕事もありますが、こちらはある意味では枝表現の始まりですから、より仕事をする人が考える表現が反映されることになります。

1度切り取ってしまった枝は、二度と戻すことはできませんから、緊張感もあり、大変面白い仕事です。

それでは、大人しい素材で荒作りした仕事を紹介します。

4859 五葉松の接木30年生です。

大きさは35cmくらいです。

まず始めに正面を決定しました。

4861 つぎに、足元から頭の先までの幹の流れを決めて、それにあわせて、流れを決める枝や後ろの見せる枝など役割にあわせて、枝をカットしていきます。

4862 切り取った枝は少し長めに残しておいて、枯れた時に残る枝(ジン)のように細工していきます。

4876 そして、枝に針金をかけて、上下左右に振り付けしながら、形をつくっていきます。

荒作りの針金は基本アルミ線をつかいます。

一気に枝を切り落とすと、樹勢のいい樹は、一年で針金が食い込んでしまいます。

ですから、来年の秋には外す予定なので、扱いの楽なアルミ線をつかいます。

その後、枝先の整姿につかう針金は銅線になります。細くても効きがよく、酸化すると、目立たなくなるからです。その代わり、1度クセをつけると硬くなるため、アルミより扱いにくいのです。

こういった基本の作業を実に付けていくと、難しい素材にもチャレンジできるようになってきます。その例をいくつか紹介します。

4856 実生40年の根上がり風模様木素材です。

元の芯が虫に食べられて枯れてしまい、八方に広がった枝をうまく使わなくてはいけません。

4883 少し見難いかもしれませんが、

右に利かせる枝、左に受ける枝、

後ろに見せる枝、芯になる枝を見極めて、バランスよく配置していきます。

枝が随分のこってますよね。

これはバランスやツヨイしつけの関係で、一気に切り落とすと残された枝が弱ってしまう場合、その先の枝を残しておく事があります。

来年の春に残された枝の芽が元気よく動いてくれれば、すぐに切り落とします。

それと、後ろに枝が無いので、右の飛び出た枝の一部を後ろに立ってる枝の元に、回して接いでいます。

4872

こういった方法で、役割をこなすべき枝が無い部分に枝を回して来るのです。

元の枝に溝を掘って、そこに回してきた細い枝をはめ込んでおくと、早くて1年ほどで、元の枝に癒着してくれます。

理想通りに作られているとは限らない盆栽素材を無駄にしないためにも、こういった技術で出来るだけ多くの樹を盆栽にしてあげるのは、ぼんさいや「あべ」の大事な使命ともいえます。

4865 これはフランスから来た方がワークショップで仕事していった木です。

もともとある枝でも、樹形創作において使える枝が多いほど、最初の荒作りの段階であっても、より盆栽としての姿が出せるといえます。

4864 この木は、元の芯が完全に枯れてしまい、枝を起こして芯につくりなおしています。

こういった変わり樹形でも、芯になる枝、利かせる枝、受ける枝、後ろから見せる枝など、その役割を決めて、一枝一枝を見せることで、より景色が複雑になっていくわけです。

モチロン実生数年の木でさえも、こういった作業が行われる日が必ずきます。まぁ、いってみれば通過儀礼「成人式」みたいなもので、

痛みに耐えることで、大人の階段登るわけです。

都合のいい解釈でごめんなさいね。

こういった仕事は綺麗な盆栽を見る展示会ではお目にかかれないと思います。

けれど盆栽誕生の瞬間は、実に面白い分野だと僕は思います。

こういった仕事に興味がある方は、ぜひぼんさいや「あべ」に遊びに来てくださいね。

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まるでスパーリングのように

ここ最近は、毎日盆栽に針金を掛けてます。

大小あわせれば、ここ2ヶ月で100本以上掛けたと思います。

仕上げの針金掛けや、盆栽としての初めてのしつけなど、仕事の意味はそれぞれですが、一つ一つ大変勉強になることばかりです。

僕は以前日記に書いたように、才能は基本的に信じていません。

僕の尊敬する人が、仕事を大量にこなしていると、質的な変化が起こるといっていました。

僕の目指すところでもあります。

そして僕は言葉が好きです。自分の仕事を、自分が理解できる言葉にできてはじめて、自分の体に定着したと思っています。

偶然うまく出来た仕事も、数をこなしているうちに、必然的に繰り返せるようになってきます。そのとき必ず言葉が順序だてて出てくるのです。

そうなった時は天にも昇る気持ちです。それまでの物凄いモヤモヤが一気に吹き飛ぶのです。

その快感があるから、細かい仕事でも長時間続けられるのです。

できることなら、この快感、思い上がった表現をすれば「上達」を多くの人に味わってもらいたいなと思います。

今は思うようにアイデアが実に成らず、もどかしい部分もありますが、悩んでも仕方ないので、ひたすらスパーリングのように針金を巻くのです。

4855

この樹は米栂という常緑樹です。

新芽がとても綺麗な樹です。

「空間有美」という表現を意識した整姿になっています。

こういった直幹の樹は、上から綺麗に三角形に整えるよりも、一枝一枝を複雑に配置して、景色を作ると、

真直ぐな幹に個性が表れてきます。

鉢は合ってないです。来春植替え予定です。

F2a2 こちらは樹種は違えど、吾妻山山中にある五葉松自然樹の直幹です。

僕のぼんさいやは、コンセプトは単純です。

盆栽で、「自然の樹がみせる枝表現を真似して見よう」です。

ですから、ワイルド。

粗野だったり、野生的だったり。

どうでしょうか?上手にまねできているでしょうか?

ちなみにこの直幹の近くは、同じ米栂の直幹が群生している場所でもあります。

そちらの写真はまたの機会に。

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新しい家族と、新しい試み

子供が出来たんじゃないですよ。

犬です。ブリタニー・スパニエルのリンちゃん、来年の一月で2歳のメスです。

とある事情で里親になりました。すばしっこくて写真になかなか収まりません。

490 かなりのビビリです。

嫁にしかなついてません。

それと、最近ちょっと内職してます。

493 正面は美功鉢です。

知らない人も多いと思いますが、美功さんは福島市に「みのや」という小さなお店をずーっと昔からかまえています。

福島小物会というのが40年以上前からありまして、そちらの会員さんでして、うちの爺さんの阿部倉吉とは、その頃からの交流でして、親父や僕も、度々お世話になっています。

そして、うしろの乾いていない土の塊は僕のつくったてびねりです。

来年の空カフェマーケットに苔玉だけでなくミニ盆栽も持っていこうと思い、少しずつ数を増やしています。出来上がったら、また日記にアップします。

ちなみに、美功さんは今現在も鉢の製作を続けながら、鉢作りの面白さを地元の方々に伝える活動もしています。

残念ながら、美功さんの技を継承する方はなく、一代限りということです。

もったいないですねぇ。

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