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にわかイタリア。

昨日とつぜん(といっても大体来る時期とはおもっていたのですが)、イタリアの通訳の方からの電話。

毎年国風の時期に合わせてやってくるイタリア愛盆家ご一行の来福の知らせが来ました。

しかし、毎年のように田舎流のおもてなしで、大宴会をしていたこととかで、ついに今年は10名ほど家に泊めて欲しいとのこと。リアル田舎に泊まろうですね。

円高なんですかねぇ、向こうの方は正直に要求してくるから、多少図々しくても嫌な気がしない。

そりゃ、見返りなんて期待していると、そんなこともないのも向こう流。

でも、日本流のカチカチしたものに慣れていると、そんな反応もまた新鮮なものです。

わかりやすいんですよね、イタリアの人って。厳しくも楽しくも。

ただ盆栽っていいな。日本ていいな。福島、田舎っていいな。

そう思って帰ってくれればいい。というわけですね。

去年は噂がウワサをよんで、その後のフランスご一行様に繋がったわけですから。

過去には、餅つき大会や、地元の豆まきに参加など、盆栽以外にも色々なことをやってきました。

というわけで、早速沢山の布団の確保や、当日の献立の段取りなどすぐに我が家は動き始めています。

もう、年に何度か恒例行事になっていると、自然と型が身についてくるものなのですね。

盆栽を通じての異国の方とのコミュニケーション。

今から楽しみでなりません。

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面白い記事みつけました。

うちの爺さんの名前で調べてみると、本家本元が知らないところで、面白い内容の記事が見つかるものです。

http://www.zassi.net/contents/hanada/hanada007_05.html

長年の愛盆家さんでも、うちの爺さんの名前が出てくるのは、結構年配のかたですね。

爺さんが死んだのが1992年で、享年84でしたから仕方ありません。

この記事でとりあげられているのは盆栽世界の1981年1月号の「新春特別対談 鈴木佐市・阿部倉吉作風を語る」のことだと思います。

今は、どっちが正しいとか正しくないとかそういった価値観がぶつかり合う時代ですから、ここで二人が交わした会話は、今となればとても貴重なものではないかと思います。

身内ですからねー。世間的にはどう思われても、自分のじいちゃんの言葉がこうやって残っているって、そりゃ幸せなことだと思います。

それが、少なくても全く僕の知らない人びとの経験や知識の中で生きてるなんて、こりゃ凄いことだと思います。

これもうちの爺さんが言った「実生はオヤコ3代かけて作る」といったことが始まり、

考え方によっては、インドの石窟寺院的なロマンであったり、未来を生きる僕らにとっては厄介な言葉であったりですが、

その恩恵にあやかっているのは間違いなく、これこそ「命を繋ぐリレー、未来へ託すバトン」なんだなぁと、感慨にふけってしまいました。

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こんなん出来ました。

Ts3g0049 この前日記に載せた鉢が仕上がりました。

http://philosophy-of-bonsai.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-229c.html

へたくそなもんでも、使う釉薬がいいと、それなりになるもんだから、面白いものです。

織部や、瑠璃、キンヨウで染めた小鉢たちです。

何を植えようか考えるとワクワクします。

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ベルギーからの手紙とスイスの盆栽事情と実生4年のスタンダード。

去年の夏、ベルギーから来てくれたヤングなカップルのピーターとソフィア。

通訳もなしでいきなり来て、こちらは英和辞書で対応し、時間ぎりぎりまで日本酒を飲みながら楽しいひと時を過ごしました。

その後、一度だけEメールのやり取りをしたままになっていたのですが、向こうからまたメールを送ってきてくれました。

気を使ってくれてとても簡単な英語でした。

内容は、久しぶりから始まって、嫁とうまくやってる?みたいな感じになり、ベルギーで盆栽作家さんのワークショップに参加して、その人が家に来てくれたことなど、近況でした。

さらにベルギーって寒いみたいで、彼らの町は-20度になったそうです。雪もふったとか。

日本にまた行きたい書いていました。

まさか盆栽を通して、全く知らない町の同い年の方とこうして交流できるなんて、凄いことだなって、つくづく実感しました。

Afbeelding_1050 そのときに庭で撮った写真です。とても親近感の沸く雰囲気の二人でした。

それと、スイスの愛盆家さんのHP繋がりで、向こうの盆栽のHPのリンクっぽいのみつけました。

せっかくjなんで、世界の愛盆家さん事情を垣間見てはいかがでしょうか?

http://webstats.motigo.com/s?tab=1&link=4&id=4277513

最後に、実生丸4年の苗に初めて針金を掛けた写真を載せます。

Dsc01866 マッチ棒サイズの盆栽です。始めのしつけなので、扱いやすいアルミでかけています。

小刻みに曲がりをつけるために、針金を細かく巻いていますから、この段階では綺麗にみえないです。

これがいわゆる「しつけの針金掛け」です。

決して鑑賞を目的としたしごとではありませんが、

思い切って載せてみました。

この針金は一年で外す針金です。

どんなに小さい素材でも、流す右の枝、受ける左の枝、芯になる枝、後ろに見せる枝を、選択できうる限りで使っています。

最初は寂しい感じですが、今年の春、一芽吹くだけで雰囲気が変わります。

あと、もう一本。

Dsc01868ヒョロヒョロしていた幹を、足元で強く曲げることで変化のある懸崖樹形にしました。

鉢はありあわせなので、鉢合わせについては、ご勘弁を。

こうやって、アイデアしだいで、小さな実生苗もいくつモノ樹形に変化できるものです。

皆さんが播いた実生苗も、すくすく育てば、あと数年でこうしたしつけが出来るようになります。

来年春には一度針金をはずしますから、そのときが一応実生丸5年というわけです。

もちろん、葉性や、成長具合で、今回載せた写真のような姿に、3年で持って行くこともあるし、6年以上かかることがあります。

というわけで、実生3年号も少しずつ作り始めています。

http://bornsairenaissance.web.fc2.com/newpage13.html

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盆栽のハツハル。

あけましたよ。あけましたよ。

というわけで、いきなりお知らせです。

1月の25日より、福島市の御山郵便局前に有機野菜の直売店がオープンします。

新聞やテレビで見たことがある人もいると思いますが、「ベストフミン」という肥料の販売元である株式会社ベストフミンさんが、自社の製品を使って栽培した農作物を中心とした直売店を作ることになり、このたび1号店がオープンすることになりました。

http://www.bestfumin.jp/

ありがたいことにうちも声をかけていただいて、数点ではありますが、苔玉や山野草、ミニ盆栽を置かせてもらえることになりました。

お部屋や玄関に気軽に飾れるような、1000円くらいの品物を中心に持って行く予定なので、ぜひお近くにお越しの際は立ち寄ってみてください。

ただ、僕自身が常時いるわけではありませんから、それをキッカケにうちの盆栽屋にも足を運んでいただいたらうれしいです。

それと、6月には115号沿いに2号店をオープンする予定だそうです。そちらのほうも追って報告します。

今年は明けてから早速行動開始です。

というわけで今年思うこと適当に書きます。

昨年暮れに仙台三越で若手盆栽アーティストの個展を見てきました。彼は一流陶芸家の2代目、3代目さんの陶器に、素材を植えこんでモダンに見せるタイプの作家さんでした。

この手の作家さんはこれからの主流になっていくのだな、と痛感しました。東京でもこのタイプの作家さんがいらっしゃって、素敵な表現をしています。

それと、盆栽を使って、生活空間をコーディネートするタイプの方もいます。

これも見て思ったのは、席飾りや床飾りもいずれはほぼ消えてしまうののだろうな、ということです。

考えてみれば、我々の住む生活空間が、盆栽道がほぼ確立した戦前と比べればまるで違うものになっているわけですから、むしろそういった表現が公に行われるまで、随分時間が掛かったなと思うくらいです。

盆栽はあくまで僕たちの丹精の結晶ですから、生活様式に左右されて、その扱われ方が変わっていくのもうなずけます。

選ばれる樹形も、どっしりとしたモノより、ヒョロヒョロとした優しい雰囲気のものが合うようです。

僕は以前からふと思っていたのですが、このままでは素材そのものに手を入れて、自然の景色を作っていくような我々職人は、ますますいらなくなるんじゃないかなと思うんです。

買ってきた素材と、出来合いの器に、上品に植えて、空間におしゃれに飾る。

その後、数年経ってどのように姿が変わっていったかまでは、わからない。

盆栽もある意味では、随分とインスタントなものに変わってしまったと感じます。

僕がなぜ非常に回転率の悪い実生にこだわるのかというと、それは盆栽の本質、「時間をかけて作る楽しみ=丹精」を一人でも多くの人に実感してもらいたいと思ったからです。

よく親方が、「どんなにいい仕事をしても、その後の管理で枯らしてしまっては、その仕事はいい仕事とは言わないんだぞ。だって盆栽は生き物なんだから」といっていました。

僕は、今の風潮を批判しているわけではありません。ただ、盆栽の本質はあくまで「丹精」にあるといいたのです。

そして、その丹精を一番体感出来るのが、実生を始めとする素材づくりです。

自分でつくった盆栽素材を、盆栽に仕立てていくことの面白さがなくなってしまっては、場合によっては、飾っても飾りっぱなしや、手入れを一切しないのが当たり前になり、枯れたらまた新しい作品に取り替えるというような事態も招くかもしれません。

僕たちだって、髪の毛切ったり、歯磨いたり、お風呂はいったりして、自分自身手入れしているじゃないですか。

それらを面倒くさいからといって全くやらない人はまずいないじゃないですか。

その積み重ね「生活習慣」が僕たちをより健康に導いてくれる。

さらには、思いやりのある生活を心がければ、老賢者にだってなれるかもしれない。

苦労をして育てた娘が、よそに嫁ぐ日、あの感動の手紙でみんな泣くじゃないですか。

楽チンなものだけが、本当の面白さを伝えるとは限らない。

センスや才能なんてものより、経験こそが誰もが共感できうる、趣味、文化としての醍醐味じゃないですか。

だから僕は何度も言うように盆栽における「丹精」を伝えていきたいと思います。

「5年という目標」を掲げて。

さらに盆栽を丹精する上でとても合理的な表現である「空間有美」も忘れずに伝えていきたいのです。

そして、盆栽と共に年を重ねることがどれほど面白い事かを知ってもらいたいのです。

というわけで、僕は今年も技術的な仕事を中心にがんばっていきます。

ぷらす、冒頭にお話したような、色々な出会いの現場に顔も出していくつもりです。

すべての実生愛盆家さんたちに、幸あれ!!

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