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念願かなって。

僕が修行時代、身の回りの人には誰にも内緒でやってた、Bornsaiるねさんす。

あの頃、世間との接点がなくて、自分や盆栽の意味ばかり考えてばかりいました。

技術がないと、形としての自信がもてないので、身の無い言葉が空転していました。

今は、自分の仕事の中で出てきた感想が、言葉の大部分を占めている思いはあります。

それでも、あの頃、僕の独りよがりに、我慢して見守っていただいた方々には、今でも感謝の気持ちで一杯なのです。

いつかお礼をしたいなと思っていたのですが、その機会が訪れました。

今回、ふくしまの我が家の庭に、さぼてんママさんがご夫婦で遊びに来てくださいました。

といっても、僕の言うお礼は、直接ありがとうございました、と伝えたいということなのですが、

まだまだ技術で恩返しができるなんて思っていません。

それでも、庭の盆栽をみながら、色々と会話できたことは、僕にとって有意義なものとなりました。

それと、ぜひ見てほしかった実生畑も案内できたことも。

以前も書いたように、僕の爺さんの「実生は3代かけて作る」は、途方も無いプロジェクトだと思います。

時間の使い方が下手くそな(時間の本当の価値をしらない)僕たちの世代にとっては、余計にその言葉の重さが伝わってきます。

けれど、その100年の時間の中から、時間を切り出して楽しむことは、

僕は出来ると信じています。

実生畑には、そういった可能性が詰まっていると思うのです。

ここで育った実生苗たちが、様々な出会いを通して、一人前の盆栽になっていくことを想うと、とても楽しい気持ちになるのです。

さぼママさんの実生苗の写真も見せていただき、元気な様子をみて、やはりなんだかとても嬉しくなりました。

実生は完成が目的ではありません。それは結果にすぎません。

ましてや、人間より長生きする盆栽は、何を持って完成とするのか、僕にも正直わからないのです。

あくまで、毎日の丹精の繰り返しのみが、ある、だけです。

僕が、あの時代知り合った方たちが、こうして我が家の庭を訪ねてくれる奇跡に、今しみじみとやめないでよかった、続けていて良かったと思うのです。

これからも、みなさんとその丹精の時間を少しでも共有できるように、努力していきたいです。

そして、またさぼママさんや皆さんが、何度でも訪ねてくれるような、そういった魅力のあるぼんさいやさんになれるように、しっかりと技術を磨いていきたいなと思います。

Dsc02495  これも、今回針金をかけた木です。

棚に戻してから写真をとったので、いまひとつ見づらいですね。

これも実生で51年の木です。

Dsc02494

この夏は、この樹で棚の樹の針金かけは一段落です。

今日からは、新木づくりの仕事が入っていて、そちらにとりかかりました。

この樹は、変則的な半懸崖で、枝の出方はクセがあるのですが、

樹の個性を消さないようにまとめました。

これも51年生。

骨の折れる仕事でしたが、楽しかった。

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紹介したい映画があるんです。

先日「パオ」の光永さんから、お便りを頂きました。

春から制作に入っていた映画「星の国から孫ふたり」が試写会を終え、

あいち国際女性映画祭2009で、9月2日に公開されるとの事でした。

詳細→http://www.pao-jp.com/ パオのHP(左のリンクからいけます)

    http://aiwff.com/modules/outline/ 映画祭のHP

    http://www.youtube.com/watch?v=MTS6zLp1FFo&feature=player_embedded 

予告編

会場には、監督の槙坪さんもいらっしゃるので、東海近辺にお住まいの方は、是非足を運んで欲しいと思います。

僕と親父も、微力ながら今回の映画に、協力金という形で、参加?させて頂いたと思っていて、完成を待っていました。

ちなみに、関東、東北のほうでも上映の機会がありますので、ぜひ機会を作って見に行って欲しいです。

光永さんのお便りには、福島のほうでも上映を予定しているとのことで、予定が決まったら、またこのブログで紹介したいと思います。

僕は修行中、光永さんに、誰にも言えない悩みを経堂の焼肉屋さんで何度も聞いてもらいました。

今になっても、そのとき教えていただいた色々な話が、僕の実生活の場面場面で、思い出されます。

それと、僕の勝手な解釈ですが、ある悩みの意見において、光永さんと槙坪さんで、まったく反対になったことがありました。

そのとき僕は、かえって気持ちが楽になったことを覚えています。

それは、「これだけ人生経験の豊かな二人でさえ、意見が違うことがあるんだ。

僕は今まで、人生の悩みを乗り越えるには、乗り越えた人にとっての共通のプロセス、答えがあるとばかり思っていたけど、そうじゃないんだ。

それってば、僕は人の意見を聞こうとして、実は自分の意見にあった意見を探して安心したかっただけなんだ。」

と思ったからです。

それからは、自分で考える習慣を身につけようと思うようになりました。

話はそれてしまいましたが、

はじめにそれぞれの人(自然)がいて、それとぶつかり合った時に生まれた表現を大切にしたいなと、おもいます。

ぜひ、映画をみてください。

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梅雨よ、ばいばい。

今日は、朝から空が高かった。

梅雨が明けたとたん、もう秋のそらでした。

朝、お墓参りから歩いて帰ってきたのですが、嫌な汗はかきませんでした。

Dsc02472 緑のカーテンの大きな葉っぱを刈り取って、葉透かしをしました。

込みすぎると、懐の芽や葉に光が当たらなくて、枯れ込んでいくので、

もったいないけど、多めにすかしました。

Dsc02473 小さな葉っぱさんたち、久しぶりの太陽沢山浴びて、大きくなっておくれ。

Dsc02477 長雨で、花が開ききらず落ちていましたが、今日の天気のおかげで思い切り花を咲かせることが出来ました。

青空が花びらに移りこんだみたいです。

Dsc02460 これも、やたらと込んで大きくなってしまった盆栽。

春に植替えをして、鉢を閉めこんだため、頭でっかちの印象がいなめません。

Dsc02461 そこで、大きな枝を抜くことになりました。

すると、鉢の小ささがさっきほどきにならなくなります。

次に、古い葉を切って、針金をかけます。

Dsc02471 針金をかけて、姿を整えました。

ちなみに、この樹は以前「盆栽世界」の05年11月号で、うちの親父が、作家と作風という特集で取り上げていただいた時に、金屏風の前で映っている模様木と同じものです。

去年、家族で常滑の行山さんの工房を訪ねたときに、無理を言って譲っていただいた鉢に、植替え、

さらに思い入れの強い一本になりました。

それと、この樹は実生ですが、葉性が異様にいいのです。

短くて力強い葉なのですが、枝先が込みすぎてごつくなる事がありません。

この葉は、接ぎ木で増やしていないのでこの木のみです。

親父が言うには、実生でこれだけの葉が出るのは「何十万本に一つだろう」とのことです。

実際にそれ以上播いてきた本人が言うのですから、説得力のある言葉です。

話を戻しますが、

上の朝顔にしても、下の五葉松にしても、強い部分をおさえて、弱い部分を助けることで、限られた環境でも、健康的に生きられるように人が調節しています。

この、限られた環境が壊れないように人が手を貸して、その環境を維持するということは、

「丹精」するということです。

この手入れでいえば、例えば、田んぼや里山の環境もそうかもしれません。

捨てられた農耕地や里山が、人の足も踏み入れないくらいの藪や、くずの葉に覆われてしまっている畑は、今じゃ田舎ではよく見る風景です。

盆栽も、手入れをしなければ、あっという間に荒れてしまいます。

僕たち人間は、ホントめんどくさがり屋ですよね。

テレビゲームみたいに大人の考えたおもちゃで、子供を静かにさせたり、

認知症のお年寄りを施設にまとめてあずけたり。

言葉が未熟な子供や、言葉を失っていくお年よりは、ある意味では自然かもしれません。

言葉の通じない生き物は、大人の世界から遠ざけてしまい、話を聞こうなんてしません。

自分の理屈の外に飛び出したものを受け入れるのは、確かに大変です。

当たり前ですが。

盆栽だって、言葉の通じない生き物です。

自然の樹木も虫も。

その言葉の通じない生き物と、対話をするということは、毎日毎日の手入れ、「丹精」が少なからず必要だと、僕は思います。

荒れた里山も、鉄筋コンクリートの都会も、まったく自然との対話を必要としない意味では、どちらも同じではないでしょうか?

丹精するということは、自分で考えることです。

仮に自然は、僕らの知らない場所、どこかの国の未開の原生林を対象にしても、はじまらないのかもしれません。

自分が生活する圏内において、自分がどういう態度でそういった理屈の通らないものたちと接していくかを、自分なりに考えていくことが、僕らが自然を知るヒントになるのではないでしょうか?Dsc02476

仕事場の目の前の小川では、毎年オニヤンマのヤゴがかえります。

扇風機が好きな彼らは、仕事をしていると、その風を浴びに仕事場に入ってきます。

この光景は我が家ではずっと昔かみてきた言わば、「風物詩」です。

エコを言うということは、こういった田舎のディティールを知ることから、始まるのだと思っています。

Dsc02481

これも、同様に手入れをした、根上がりの五葉松です。

実生で42年経っています。

大分枝をすかしたのですが、二年もすると、また枝が込みあってくると思います。

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雨降りだと。

水遣りの手間が省けて、針金かけの仕事が進みます。

でも本当は、消毒や草むしりなど、外の仕事もやりたいんですが。

仕方ないですね。天気の問題は。

Dsc02469 こっちは、ひょうたんとヘチマのカーテンです。

ホームセンターの見切り品で、今にも枯れそうな奴を買ってきて育てました。

雨降りのせいか、中々実がつきません。

ひょうたんは、うどん粉病も多いし、難しい。

Dsc02468 「みっかっちゃった!!」

ひょうたん可愛いですよね。

なんだか、これを上手に乾燥させて作るのは難しいそうです。

しかし、癒される姿です。

Dsc02466

これも、実生51年生です。

針金かける前の写真撮ればいいだなって、このとき気がついたのですが、

親父が古葉をきって、僕が針金をかける、ベルトコンベアー式のため、いつもうっかり写真を撮るのを忘れてしまいます。

明日は雨が上がるそうです。

まったく品のない天気です。

雑な四季ですな。

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手入れ、日めくり。

毎日って、そりゃ載せれればこしたことないけどさぁ。

日めくりってほどのまめさはないけどさぁ。

タイトルにいつわりありだけどさぁ。

せっかく、手入れしたもんで、チョコットずつ載せてみます。

次から次に仕事してるんで、仕事場で写真をとっているから、ちゃんと見たいって方はそう。

うちに来てほしいです。

Dsc02458これは新潟のお客さんが持ってきた樹です。

その日のうちに持って帰るから、急いで古い葉を切りました。

実生で50年以上経っている樹です。

新木作りからは、10年ほど経っているそうです。

Dsc02463

これは、棚場の樹です。

大分枝が重くなっていたものを思い切りすかして、針金を掛けなおしました。

実生51年ですが、畑にある頃から葉が細かかったそうです。

盆栽になってから20年くらい経っている樹です。

Dsc02465 こいつは、見ごろになったレンゲショウマです。

いつもは木陰で培養しているのですが、今年は綺麗に咲きました。

大きな鈴なりの玉がはじけると、かわいい白い花にかわり、

なんとも涼しげな風情です。

あー、つうかほんとに涼しい夏なんですけどね。

人間つうのは、あれですね。

暑いところで、涼しい風情を楽しみたい、寒い夏は不自然だって、

わがままなもんですねぇ。

いいですか、自然てのはね、今起きてる実際なんですよ。

寒い夏は、不自然でもなんでもなくて、現実に起きてる自然なんですよ。

地球環境までね、人間の頭で考えた都合がまかり通るかってね、そんなこと無いでしょう。

自然って、難しいですね。一体何なんでしょうか?

最近そんなことばかり考えています。

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緑のカーテンと、五葉松。

雨ばっかり。

盆栽、くさっちまう。

ところで、今年初めてチャレンジした緑のカーテンが、ようやくネットを覆いました。

Dsc02453 中は、朝顔4種類、夕顔が混ざっています。

Dsc02442 夜になると、仕事場のライトに照らされて綺麗なもんです。

Dsc02444 去年育ててすっかりはまってしまった、絞り咲きの「フライングソーサー」。

Dsc02451 これも朝顔の仲間、「ミナ・ロバタ」

赤い花が、次第に黄色から白に変わっていきます。

残りの朝顔は勢いが良すぎて株が成熟しないためか、いまだに咲きません。

天辺のほうの芽は、今以上伸びないように切り詰め、胴吹きを促して、株の下のほうが枯れこまないように気をつけています。

毎日、毎日、蔓の一本一本をネットに絡めながら、余分な蔓や葉を落として、丹精しています。

やはり、積極的に自然と関わることは、おもしろい。

いろんな意味で、「加減」を考えるきっかけになると思います。

話はかわりますが、

今は、五葉松の古葉切りの仕事をしています。

秋の展示会シーズンに向けて、針金のかけ直しも同時進行で進めています。

棚場の盆栽が、そのまま僕たちの話す言葉みたいなものですから、丹精は欠かせないのです。

Dsc02456

古葉を切った五葉松の根上がり。

実生から育てて44年になるものです。

古葉を切って、懐が蒸れないようにしてあげると、芽にもやさしいですし、何より一芽一芽が際立って、盆栽が引き立って見えます。

これも、大事な丹精といえます。

Dsc02455 こちらは、針金を掛けたばかりの五葉松です。

実生で51年になります。

春に一回り小さな鉢に植え替えたので、古葉きりと同時に、大きくなった枝を落として、針金を掛けなおしました。

こうやって一度は、人間の技術で、しっかり秩序立ててあげることで、

樹の健康状態も含めて、手入れが楽になるものです。

この段階でも十分鑑賞できないことは無いですが、出来ればここから一芽吹かせて、少し枝先がふんわりとしてからのほうが、より自然らしくなるかと思います。

お盆中は、棚場の樹を10本ほど目安に、針金を掛ける予定です。

ちなみに、枝先を整える程度の仕事は平気ですが、裂け目がつくほどの大仕事は、今の時期にはやらないほうがいいです。

まだまだ、傷口からヤニが吹いて、傷んでしまいます。

それは、秋までがまん我慢。

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