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新木こつこつ。

明けましておめでとうございます。

今年も、ぼんさいや「あべ」、実生五葉松をとことん楽しむブログ、よろしくお願いします。

というわけで、年末年始は、ひたすら盆栽の新木づくり。

そして、実生苗の曲付けと、

ひたすらに冬の仕事をこなしています。。

五葉松の針金掛けも、荒作りや幹の曲付けのような強いしつけの場合、芽が動き出してからでは樹にはさらに負担になってしまいます。

ですから、この時期に出来うる限りたくさん仕事をしておかないと、春以降の阿部家のご飯量に大きく関わる問題なのです。

二月も中ごろを過ぎると、接木や衣替え、3月も中ごろを過ぎると植替え、四月になるとまた畑の植替えや種蒔きと、時期のお仕事が目白押しで、

この時期は、休もうと思えばいくらでも休めるのですが、怠け者になってしまうと、結局は自分に跳ね返ってしまうのです。

ぼんさいや「あべ」では、仕事がすぐに収入に結びつくことはまずありません。

今の仕事が、

20年後、30年後に実を結ぶことが普通なのです。

うちの爺さんは「この樹は、孫に残すんだ」といって実生をしていたそうです。

僕も、今の仕事が自分の孫や、孫にあたる世代の子供たちが盆栽を楽しんでくれるためにあるのだと思うと、仮に何十年、何百年と持ち込む盆栽も、「完成」に気をとられずに進めることができます。

というわけで、新木作りの様子です。

048 五葉松の畑からあげてきた大物素材です。

実生してから44年経っています。

052 行儀良く1の枝から作られていなかった素材で、下枝はほぼ使いようが無く随分前に切られたままになっています。

060 うえの写真の素材を剪定、神作りした状態です。

059_2 神は、あくまでも綺麗に作らず、ささくれ立ったような感じにします。

吾妻山自生の五葉松をみると、鉛筆のように綺麗に尖ったジンはまずありません。

特に、最初野暮ったく見える神も、時代を重ねて風化してくると、かえって自然らしく見えてくるから不思議です。061

裏から見るとこんな感じで、片枝が無かったせいで、反対側の幹は枯れていました。

Img_newjpg11 これは日暮の松の主幹です。

この無数の神が、吾妻山の厳しい自然を語らずとも表現しています。

062 少々見苦しいですが(僕が?)針金やら何やらで、幹を養生して、太い枝をジャッキで下げている様子です。

荒作りは見た目のスマートさより、枝に出来るだけ負担をかけずに仕事をするため、しっかりとした養生が必要になります。641

見づらいですが、左に小さく景色を作りました。

下のほうなどに大きな枝を残しておくのは、

幹や根量に対して一度に枝を落としすぎると、根と葉のバランスが崩れて枯れてしまうことがあるので、

特に大物素材は、最初の段階で枝を残しておくことが多々あります。

さらに、幹に対して葉張りも少なすぎるし、下げた幹もまだまだ細くてコケ順が悪いため、枝をぐんぐん走らせて、元の幹を太らせる目的もあります。こういった枝を「犠牲枝」といいます。

このあと、作業は一時中断です。

寒風にさらすと、間違いなく傷むのでビニールハウスのなかで3月ごろまで管理します。

植替えは、今年の秋以降になる予定です。

というわけで、こういった作業は年末年始のこの時期の風物詩になっています。

新木作りが始まると、今年1年の盆栽生活がスタートした気分になり、身が引き締まる思いがします。

というわけで、この作業はもうしばらく続きますので、別の素材の様子も日記にアップしていきたいと思います。

みなさん!今年もよろしくお願いします。

五葉松より愛をこめて、皆さんに素敵な愛盆ライフが訪れる一年でありますように。

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