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はじめましてマシンガン

この一週間、初めての出会いの連続でした。

まず、先週ふくしまのなまず亭で、先輩に誘われてASA-CHANGのタブラボンゴナイトにいってきました。

面白かったー。タブラボンゴがいかに素敵な楽器かを存分に知ることが出来る素敵な夜でした。

なんか1つのことをここまで好きな思いで語られると、もはや感動してしまいます。

ちなみに、ASA-CAHNGが以前福島市の庭坂を訪れた時、このあたりに親戚がいるという話をしていたそうですが、

よくよく聞いてみると、それはどうやら僕んちだったそうです。

それもそんなに遠くなくて僕とはハトコの関係でした。

そんで、ライブ終了後にその事をお話したら、ASA-CHANGはうちの爺さんのことを憶えていてくださって、まさかはじめてお会いした方と、倉吉爺さんの思い出話が出来るとは思わず、

とても不思議な、とてもうれしい気持ちになりました。

そして、この年でわずかでも血を共有している人に出会えると、何故か懐かしい優しい気持ちになれました。

そして、それから数日後、民家園で行われる予定のFOR座RESTのミーティングに参加してきました。

みなさん色々なご職業の方々で、僕は初めてだらけで、ミーティングについていくので必死でした。

大きなイベントなので、とてもワクワクします。

僕はワークショップで参加予定です。

そして今日、採用と教育の半田さんが、いわき市平の焼き鳥大吉の正木さんを我が家に招待してくださいました。

正木さんは、お仕事で知り合ったミャンマーの学生さんがご縁で、今年の秋にミャンマーに学校を建てることになったそうです。

募金活動もしており、みなさんから集まった寄付金で建設費をまかなうそうです。

まだ30代というのに、すごいなーとおもいます。

お話をうかがって、その思いにふれて、お金の出口の大切さを改めて考えさせられる機会になりました。

正木さん、半田さんありがとうございました。

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FSF蓬莱

今週の日曜日の14日、蓬莱学習センターでFSFに参加してきました。

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吹流し風の立ち木です。

実生で60年近いものです。

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この樹は、親父が生まれる前から爺さんが作っていた木です。

光の差し具合がいい感じです。

いつもFSFでは、まったく盆栽を知らない興味も無かった人に、どれだけシンプルに盆栽の楽しみ方を伝えられるか実験をさせていただいています。

今回は、盆栽の樹形にあわせて、例えば一枚目の写真の樹では、強風の音をながしてもらい、風の強い環境をイメージしてもらおうと思いました。

その音にあわせて、僕の下手くそな演技で、風に向かって背中を丸めながら歩く人をやってみました。

二枚目は、懸崖なので滝つぼの「ゴー!」って言う音をながしてもらい、それにあわせて霧吹きを使って、霧を吹いて滝つぼの水しぶきをやってみました。

「この体育館に、ちょっとしたパワースポットを出現させてみたいと思います」とか言いながら。

見ている人は、僕が動きもしゃべりもしない盆栽の前で、風に飛ばされたりする格好をするものですから、よほど頭がおかしい人かと思ったんじゃないでしょうか。

たしかに茶番といえば、茶番ですが、

盆栽のシンプルな見方が少しでも伝わったらいいなと思い、すこし大げさに恥をすてて、アホになってみました。

あとあとで、お客さんや参加者の方から、「面白かった、わかりやすかった」という意見を頂き、FSFに参加していくつかやってみたなかで、一番の手ごたえを感じました。

今後、参加の機会があるときは、今回のスタイルを煮詰めてもう少し手の込んだもにすると、もっと盆栽の面白さが伝わるんじゃないかと思います。

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これは接木で5年です。

新木作りをして丸1年です。太い針金を外して、細い針金にかけかえたばかりです。

樹幹部の葉張りは、まだまだ持込が必要です。015

こちらは、バルーンアートのいちげさん(写真右)です。

この方、かなりすごいです。バルーンでミッキーとか作っちゃうし、この前なんか千手観音作ってました。

脳みその中どうなってんでしょうね。

僕は物理的な仕事をする人みてると、ワクワクがとまりません。

ほんとすごかった。

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フラダンスのハーラウ・モアナさん。

これがまたハワイなんですが、音や踊りを聞くとなんだか懐かしいんです。

みんなで踊りのレクチャーを受けて、みんで踊りました。

こーいうのいいですよね。何のための異種パフォーマンスイベントかって考えると、僕がお客さんなら、こーいうのいいですよね。

お客さん、老若男女問わずフラでしたよ。

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とりは、恒例の中吉サンです。

中吉さんの歌も何度も聴いているので、ようやく歌詞や振り付けについていけるようになりました。

はじめてきたときは、イベントの雰囲気も趣旨もつかめず、とりあえずの参加でしたが、回を重ねて思うところ、アートでも歌でも踊りでも、来るお客さんがとはつねにはじめての出会いであって、わからないのが当たり前だということです。

パフォーマンスのレベルは落とさずに、なおかつ理解してもらおうというのなら、表現にたいしてシンプルかつ丁寧な説明が必要だなと感じました。

僕はアート部門の側として、ただ作品を持ってくるだけでは、FSFはまるで向かない、はまらないイベントだと思います。

僕はわかる人だけわかればいいというのは、その人の怠惰だと思います。

ただ、その説明が言葉オンリーにたよるより、耳や目、皮膚感覚にうったえるようにすれば、より共有できる感性が具体的になるのではないかいうのが、FSFで学んだことです。

というわけで、今回もスタッフのみなさん、参加者の皆さん、来て頂いたお客さん、ありがとうございました。

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今年も贈る言葉。

今年も我が家の盆栽が、沢山の学生たちを見送りました。

我が家の盆栽が飾られた卒業式は、福島東高校、福島成蹊高校、岳陽中学校。

卒業生の目には盆栽がどう映ったでしょうか。

それよりもまず、その瞳の中に映っていたでしょうか?

そこに在った盆栽は、紛れも無くあなたたちの鏡。

「最も身近な自然を人は忘れてしまっているんだ。それが、この体だ。」

「現代人は、体は自然が作ったものだ、体はそれ自体が自然なんだということを忘れて、体は自分のもので、自分の意志でどうこうできるし、また、してもいいものだと思うようになっている。」

(14歳からの哲学、池田晶子)

僕は、生まれ持ったその体で、どうやって生きるか考え、実行していくのが個性だと思っています。

「彼らは自分だけの特徴が何一つ無いんだ。だから自分らの仲間連中と違ってみることに懸命なんだ。そんな事したって結局別な仲間の一人になっちゃうことに気がつかない。仲間は変わっても、自分はもとの自分なのに。」

(ぼくと(ジョージ)、E.L.カニグズバーグ)

「人は個性的になろうとして個性的になるわけじゃない。なぜなら、そんなことをしなくたって現に全ての人は個性的なんだから。」

「個性的であることと、人と違おうとすることは全く逆のことなんだ。」

「人の真似をする、逆に人の真似をしなくても、あえて人と違おうとする。それは偽物なんだ。どうしてそうなるかというと、本当にしたいこと、どうしてもそうしたいことが、その人には無いか、あるいはわかっていないからだ。けれども、本物はそうじゃない。人がなんと言おうが、誰にどう見られようが、彼はそれがしたい。彼はそうするしかできないんだ。それをするのでなければ、彼はもう生きている理由なんか無い。その意味で、彼はそれをすることに命と人生の全てを賭けているんだ。」

(14歳からの哲学、池田晶子)

「盆栽を作ろうとする場合、その木の特徴はどこにあるかを良く見て、生まれながらの持ち前を生かして作ることが第一の条件です。」

「それぞれの樹の持っている、生まれながらの個性を殺して、何が何でも自分の思っている形に作ってしまうのではいけません。」

「自然に良く出来ているもので、枝をちょっと直せばいいものを、何でも変わった形に曲げないと、作った気がしない、という人がいますが、この様な人は、本当の見方が分からない人です。」

「流行っても流行らなくても、その木の個性を生かして整姿したいものです。」

(五葉松盆栽の作り方、阿部倉吉)

先人の言葉が、壇上の盆栽に表れていたはずです。

「色々な種類の色々な大きさの植物が、いがみ合いながらも互いに少しずつ我慢し、樹の特性に応じて、命をかけて共生している。この多様性こそ、最も強い自然の表現力であり、防災、環境保全林、水源林であり、私たちの生活域では、ケバケバしないが、いつまでも飽きのこない本物の美しさである。」

(命を守るドングリの森、宮脇昭)

ぼんさいや「あべ」から、心を込めて、「贈る言葉」。

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やはり行山さんはすごかった!

先週の土曜日、鹿沼市の小林産業さんで、常滑の鉢作家、中野行山さんと仙台の愛盆家、佐々木吉美さんの「二人展」が行われました。

僕は、パオの光永さんから頂いたお手紙で展示会のことを知り、この日を楽しみにしていました。

中野行山さんといえば盆栽鉢の世界では第一人者で、我が家の盆栽も、行山さんの鉢に入れたくてなりません。

あこがれの盆栽鉢です。要するに好きなんですね。かっこいいんですもの。

僕は鉢の骨董的価値は不案内ですが、作った盆栽に似合う鉢を選びたいと思うのは、愛盆家なら当然の願いです。

じつは行山さんとは、以前から面識がありました。

光永さんの盆栽に行山さんの鉢が似合うと、親父が言った一言がキッカケで、

その頃、行山さんをご存じなかった光永さんが常滑の行山さんの工房を訪ねて、いきなり鉢をオーダーしたそうです。

その場所にいた行山さんの知人が、「そんないきなり来て、鉢を作ってくれなんていって作ったことは無いよ」と仰ったのに対して、

光永さんは、

「私は行山さんの事は何も知らないんです。ただ、福島の阿部さんが、行山さんの鉢が似合うといった。その思いだけで、ここに来ているんです。」

と答えたそうです。

そして行山さんは、「わかりました。」と返事をしたそうです。

すごいやり取りですね。光永さんも、行山さんもすごい。

そのことがキッカケで光永さんと行山さんの親交が深まりました。

その後、突然我が家に行山さんが訪ねてきたり、嫁さんの実家が名古屋なので、常滑の工房に家族で押しかけたりと、行山さんにお会いできる機会がありました。

さらに、僕らの結婚式に光永さんのご依頼で行山さん作の夫婦鉢を、サプライズでプレゼントしていただき、機会があれば直接お礼を言いたいと思っていました。

今回は、隣県の栃木県で展示会をひらくとあって、またとないチャンスだと思い、前々から行く気満々でした。

久しぶりにお会いして緊張しましたが、行山さんはとても気さくな性格で、すぐに顔を思い出していただき、優しく対応していただきました。

奥様にもお会いできて、とてもうれしかったです。

また、以前差し上げた我が家のミニ五葉松を、鉢に収めて展示してあり、感激しました。

展示会も、しっかりと丹精された佐々木さんのサツキ盆栽と、行山さんの鉢がとてもマッチしていて、学ばせていただくところが満載でした。

展示会場を拝見したあと、行山さんの鉢作りを体験させていただきました。、

その最中、行山さんの仕事を拝見しながら、あるお客さんが行山さんに色々と質問をしていて、

「最近は大きい盆栽流行らないから、小さいのしか作らないでしょ?

やはり流行とかそういうの意識してつくっているんでしょう?」

という質問に対して、

「最近はでかいのばかりですよ。私はお客さんに頼まれたものを作るだけですから、そういうのは気にしていません。」

と答えていました。

さらに、

「○○産の鉢は、質が悪くてどうしようもないよねぇ。」という話に、

「○○産が悪いんじゃないんですよ。昔はそれこそいいものを作っていた。私だって、安いものを作ろうと思ったら、いくらでも安いものは作れます。

誰かに安いものを作れと言われて、その通り作っていれば、質が悪くなっていくのも当然です。

大事なのは、作り手がどんな思いで仕事に取り組んでいるかなんです。」

すごいなぁ、とおもいました。

そして、仰いました。

「私はすごい不器用なんです。ただこれしか出来ないから、これをやってるんです。」

人が喜んでくれる仕事、人が感動する仕事、その思い、そしてそれしか出来ないと言い切る覚悟。

以前お話したパオの槙坪監督のお話もそうだった。

http://philosophy-of-bonsai.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-f538.html

僕の親方も同じようなことを言ってました。

親父も、じいちゃんもそう。

「これしか出来ないから、これをやる。」

行山さんは、さらりと仰っていましたが、僕はひとり、胸が熱くなりました。

ところで、展示会場の小林産業さんとは、うちの親父がベルギーに行くキッカケを作っていただいたときからのご縁です。

このような展示会をひらいていただいて、本当にありがとうございました。

忘れられない一日になりました。

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めいっこ誕生!!

先月の終わり、姪っ子が生まれました。

はじめておじさんになりました。

この年で初めて感じるサザエさんのカツオの心。

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僕ニコニコしてますけど、赤ちゃんはめっちゃ泣いてます。

直前、手のひらに「圧」を感じて、やはりしてました。

可愛いですねー。

ちなみに名前は「真子(まこ)」ちゃんです。

おじさん、こりゃ嘘はおしえられないなぁ。

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