« やはり行山さんはすごかった! | トップページ | FSF蓬莱 »

今年も贈る言葉。

今年も我が家の盆栽が、沢山の学生たちを見送りました。

我が家の盆栽が飾られた卒業式は、福島東高校、福島成蹊高校、岳陽中学校。

卒業生の目には盆栽がどう映ったでしょうか。

それよりもまず、その瞳の中に映っていたでしょうか?

そこに在った盆栽は、紛れも無くあなたたちの鏡。

「最も身近な自然を人は忘れてしまっているんだ。それが、この体だ。」

「現代人は、体は自然が作ったものだ、体はそれ自体が自然なんだということを忘れて、体は自分のもので、自分の意志でどうこうできるし、また、してもいいものだと思うようになっている。」

(14歳からの哲学、池田晶子)

僕は、生まれ持ったその体で、どうやって生きるか考え、実行していくのが個性だと思っています。

「彼らは自分だけの特徴が何一つ無いんだ。だから自分らの仲間連中と違ってみることに懸命なんだ。そんな事したって結局別な仲間の一人になっちゃうことに気がつかない。仲間は変わっても、自分はもとの自分なのに。」

(ぼくと(ジョージ)、E.L.カニグズバーグ)

「人は個性的になろうとして個性的になるわけじゃない。なぜなら、そんなことをしなくたって現に全ての人は個性的なんだから。」

「個性的であることと、人と違おうとすることは全く逆のことなんだ。」

「人の真似をする、逆に人の真似をしなくても、あえて人と違おうとする。それは偽物なんだ。どうしてそうなるかというと、本当にしたいこと、どうしてもそうしたいことが、その人には無いか、あるいはわかっていないからだ。けれども、本物はそうじゃない。人がなんと言おうが、誰にどう見られようが、彼はそれがしたい。彼はそうするしかできないんだ。それをするのでなければ、彼はもう生きている理由なんか無い。その意味で、彼はそれをすることに命と人生の全てを賭けているんだ。」

(14歳からの哲学、池田晶子)

「盆栽を作ろうとする場合、その木の特徴はどこにあるかを良く見て、生まれながらの持ち前を生かして作ることが第一の条件です。」

「それぞれの樹の持っている、生まれながらの個性を殺して、何が何でも自分の思っている形に作ってしまうのではいけません。」

「自然に良く出来ているもので、枝をちょっと直せばいいものを、何でも変わった形に曲げないと、作った気がしない、という人がいますが、この様な人は、本当の見方が分からない人です。」

「流行っても流行らなくても、その木の個性を生かして整姿したいものです。」

(五葉松盆栽の作り方、阿部倉吉)

先人の言葉が、壇上の盆栽に表れていたはずです。

「色々な種類の色々な大きさの植物が、いがみ合いながらも互いに少しずつ我慢し、樹の特性に応じて、命をかけて共生している。この多様性こそ、最も強い自然の表現力であり、防災、環境保全林、水源林であり、私たちの生活域では、ケバケバしないが、いつまでも飽きのこない本物の美しさである。」

(命を守るドングリの森、宮脇昭)

ぼんさいや「あべ」から、心を込めて、「贈る言葉」。

|

« やはり行山さんはすごかった! | トップページ | FSF蓬莱 »

「盆栽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/209438/33743966

この記事へのトラックバック一覧です: 今年も贈る言葉。:

« やはり行山さんはすごかった! | トップページ | FSF蓬莱 »