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本当の自尊心

先日飯館村のお客さんのところにお邪魔してその帰り、県道一本道をゆっくり帰っていると、後ろからグングンとあおってくる車がありました。

なんだか車にあおられるといい気持ちにならないから、思わず気持ちがあせってスピードを上げようとしましたが、

後部座席に乗っていた親父が、

「親父(倉吉爺さん)はよく、『追い抜いた自慢より、追い抜かれた自慢をしろ。』といっていたなぁ。」

といいました。

目的地に早く着きたいなら、いつもより30分でも早く家を出ればいいだけじゃないか、と。

爺さんらしいお話です。

僕らは生活や仕事の中でそうやって、誰かにあおられたり、せかされたりしながら必死で自分の居場所を守ろうとします。

でもそうやって必死に守っているものが、はたして本当に守り抜かなければいけないものなのでしょうか?

確かにそれは大変な苦労を重ねて自分で作った自分の居場所かもしれません。

けれど、それはまるで車の運転のように動き続けているとするならば、

その居場所を脅かしたり、その先に追い抜いていこうとする人は必ずいるはずです。

「おっせーな、どけよ!」、「邪魔だな、おい!」みたいに。

そんな時は、思い切って自分の居場所を受け渡してみるのも大事なのかもしれません。

少なくとも、そうやって車を先に行かせたりすると、そのあとはまたゆっくりと自分のペースで、しかもしっかりと前進していきます。

運転に対する冷静な判断も戻ってきます。

たまに、次の信号でさっき抜いていった車に追いついたりもします。

「その自尊心が本物なら、他人の侮蔑を意に介さないように、

その自尊心が本物なら、死ぬよりも先に他人に頭を下げることも出来るはずじゃないか」(14歳からの哲学 池田晶子)

クロマニヨンズのスピードとナイフじゃないけど、

変わるスピードは人それぞれ違うはず。

あまり自分の居場所を守ることに意固地になりすぎると、結果的には自分の居場所を失うこともあるかと思います。

盆栽は積み重ねられた想いを次の世代に繋いでいくお仕事。

盆栽が必要とされるなら、様々な居場所を与えてあげるのが僕たちの役目です。

パオの光永さんが仰っていた、

「女性の居場所を作ってあげるのが、男の甲斐性」

というのも、本当の自尊心を問われるなぁ、と実感しています。

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