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一瞬忘れることが出来れば、リズムは生まれる。

今日は午前中から天気が良くて、お客さんの盆栽の植替えをしていました。

午後からおじさんが来て、おじさんはマンションの11階で、家財からマンションから地震でめちゃくちゃにされて、1ヶ月ほど我が家で過ごしていまして、ようやく生活のめどが立って先週マンションに帰ったところでした。

帰ったあとも震度4の地震が2度あって、覚悟決めないと最上階にはすめないよといっていましたが、

我が家で過ごしている間、随分と盆栽の畑仕事を手伝ってもらい、お礼に僕が帰ってきた年からずっと言っていた満開の三春の滝桜を見に行こうといっていたのですが、

中々タイミングが合わずいけずにいました。

行くなら夜明けと共に行くつもりでしたが、昼食後、母親が今から行ってくれば、と唐突にいうもんですから、唐突に行ってきました。

普通なら我が家から三春まで、1時間半で行ける道ですが、今日は3時間かかりました。

006 三春町役場から5キロほど長蛇の列で、全く車は進みません。

殆どが福島ナンバーでしたが、県外ナンバーもちらほら。

元来こういった列に並んだりすると、途中で引き返すのが出来ない性格で、

この時間も含めて滝桜の価値なんだ。と自分に言い聞かせていました。

滝桜の駐車場に付いたのは5時を過ぎていました。

009 夕方からあいにくの雨ににもかかわらず、沢山の人たちが滝桜を見にやってきてます。

025こちらが満開の滝桜。

013

幹の太さ、古さ、枝のしなやかさ。どれをとっても納得の横綱級でした。

みんなこの1本の桜の樹に癒されていました。

色々と考え込んでしまうのは悪いことだと思いません。だって確かにこんなに悲しい出来事は在りがたいことですから。

ただ悪いことを考え続けることがいけないんじゃないかと思います。

この滝桜が、一瞬でも悲しいことを忘れさせてくれるなら、その人の次の音符は、優しい音を奏でるかもしれません。

リズムが大事、間が大事。いってみれば人の心も空間有美。

盆栽で世を救う、音楽で世を救う、そんな大きなことができなくても、その一瞬に存在する価値があるのかもしれません。

ともかく滝桜に、自然に感謝します。

ありがとうございます。

帰りに滝桜と同じ性の苗木を買ってきました。

震災と原発事故のあった年に、我が家の滝桜の歴史が始まります。

次の1000年は、果たして地球があるんでしょうか?

僕らはこの時代、ほんの少しだけしか生きることは出来ません。

都路の仲間は厳しい意見をいっていました。

「どんなに頭が良くたって、災害時役に立たなきゃ、馬鹿と一緒だ。」

家が警戒区域に入ってしまった彼だからこそ言える意見だと思います。

親方が言っていた「名木は、誰が作っても名木。」

平和な日本は誰が采配しても、平和なんですね。

最後にカニグズバーグの「ジョコンダ婦人の肖像」からサライの言葉を引用します。

「あいつら、馬に小便ひっかけられたって、どうして濡れたのか、本で見なくちゃわからないのさ。」

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