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ようやく受け入れることが出来ました。

今日、嫁さんと娘を帰省のため、仙台空港まで送っていきました。

いってみると、もう4ヶ月を過ぎたというのに、随分と爪あとが残っていて驚きました。

スクラップになった車が、1つの山になっていました。

出発を待つ間、駐車場の車の中で時間を過ごしたのですが、目の前の小さな川を挟んで向こう側が、もう海まですぐそこの地区だったのですが、残っているのは大きな日本家屋と神社、それと何かのビルでした。

1階部分はぶち抜かれていて、骨組みだけのようになった瓦作りの立派な家を見て、ふと自分の気持ちにしまっていた感情が湧いてきました。

「閖上(ゆりあげ)を見たい!」

それというのは、何十年も我が家に通ってくれたお客さんが住んでいた町で、一度安否確認で亡くなったと知ったとき、正直間違いかもしれないからと、それ以上調べたりしなかったのですが、

目の前に広がる津波の被害を見て、「今行かなければ、怖くてもう二度といけないかもしれない。」と、そう思ったのです。

ふたりの出発を見届けた後、しばらく駐車場で考えていましたが、「よし!」と気持ちを切り替えて、車を海のほうへ走らせました。

ぺしゃんこに押しつぶされたビニルハウスの枠、根っこから引っこ抜かれて流れ着いた大きな松、海岸線の松も茶色く変色していました。

田んぼは米を作ることが出来ず、青い草の原、砂に覆いつくされた場所も多々あり、いまだに水が引かないところも。

家はあるにはあるのですが、どれもめちゃくちゃで、1階部分はがらんどうとしていました。

おそらくボランティアの方が一生懸命片付けてくれたのでしょう。

田んぼには、いまだに車や、船がありました。

驚いたことは、写真やテレビでみると、それを撮影した人が伝えたい部分のみが情報として入ってきますが、

実際にそこに行くと、目に映るすべてがひどい状態で、こちらが処理する能力をはるかに超えてきます。

閖上の港が近づいてくると、とても高いスクラップの山が見えました。

もしかして更地になっているのかなと思い、交差点を斜め右に進もうとすると、港の前の住宅街は入り口から立ち入り禁止になっていました。

港への道も警備員が立っていて、入ることが出来ませんでした。

片づけをしている人がいたら、安否を聞いてみようと思っていたのですが、工事車両以外人影は無いし、

そこから見える住宅街は、意外と家は残っているのですが、よく見ると、全く中身が抜け落ちた貝殻のようで、もう何年も昔から廃墟だったかのように生活感が抜け落ちていたのです。

それから、中に入れないので、目の前の名取川の大きな橋を渡って、見える住宅街を振り返ると、とても言葉では言い表せない気持ちになりました。

「○○さんたちは、死んだんだ。」

もしかして・・・。そういう気持ちもありましたが、その時はじめて、その方たちの死を実感しました。

一人車の中で、涙が出てきました。ただただ合掌するしか出来ませんでした。

毎年展示会にあわせて美味しい海の幸を持ってきてくれて、台所をつかって、魚をさばいたりしてくれました。

最後に会ったのは去年の秋、盆久楽展のあと。

「あんちゃん、くじらの肉、食ったことあるか?最高に旨いところ、今度持ってきてやるよ」

展示会の時そんな事言ってたのですが、それからしばらくして突然やってきました。

「くじら持ってくるって、約束しただろう?お前に食わせたくて持ってきたんだぞ。」

そういって休むまもなく帰っていったのが最後でした。

子供の頃の記憶、展示会には魚を持ってきてくれる人たち。

それが跡をついだ僕に、そうやって旨いものを食べさせたいと、約束をはたしてくれた○○さん。

まさかそれが最後だなんて思いもしなかった。

僕がこの大震災で一番後悔していること、それは○○さんに、「くじら最高においしかったです。」といえなかったこと。

東部道路をくぐるとき、供養のつもりで、「おいしかったです、くじら」とだけ言いました。

そして、家に帰ってパソコンで死亡者確認を初めて検索しました。

そこには○○さんたちの名前がありました。

今日はじめて分かったことがあります。

「人は死んでも終わらない」ということです。

今回の放射能騒ぎで、ある人に「死んだら今までやってきたことがすべて終わっちゃうんだよ。」と言われました。

けど、死んでも終わらないんですよ。

あなたが死んでも、僕は生きている以上、生きていかなきゃいけないし、僕が死んでも、あなたは生きていかなきゃいけないんだ。

自分で命を絶つ人がいるけど、その人の気持ちを理解できない僕がいるけど、それでも死んでも何にも終わりはしないんだ。

たとえあなたの意志がどんなに立派であろうとも、どんなにクソったれでも、それを受け止めなきゃいけない人たちが必ずいるんだ。

悲しみは悲しみしか産まない。

なら、この死を受け入れて、僕はこれからもずっと強く生きると誓わなければ、

僕にとって、○○さんたちの死が何のためだったのか、わからないじゃないか。

この名取の砂浜に、僕や親父、爺さんがつくったであろう盆栽が共に眠っています。

どうか、迷うことなくあっちの世界にみなさんを導いて欲しいと願います。

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