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経験を分かち合う表現。

お客様の持ち込み樹です。

吾妻五葉松、何十年前に我が家であら作り。

その後、福島から他県にお嫁入りし、その方の依頼で再度手入れをする機会を頂きました。

初め左の落ち枝を抜く方向でしたが、
この落ち枝にこの樹の「らしさ」があるという事で、この枝を活かす植え付け角度に落ち着きました。

みなさん、盆栽の枝にはひと枝ひと枝「役わり」があるってご存知ですか?

この樹の流れを決める枝、力を受ける枝、芯になる枝、後ろから覗かせて奥行きを見せる枝、

この樹の個性となる「代名詞」になる枝。

綺麗に見える事を優先するなら、幹を起こして、樹冠から引いた三角形のラインの中に下枝や幹を収めたほうが落ち着きよくみえるものです。

確かに動物は本能的にシンメトリーなものの方を選ぶという話もあります。

僕も蝶が好きなので、シンメトリーな模様を見ると気持ちが昂ります。

ところが盆栽は自然らしさの表現です。

ただ綺麗を追求する事だけが表現じゃない。

そこに僕らの想いや、人生を重ねて眺めながら、どこか僕らの生き方や考え方をゆるしてもらってる。

そうやって癒され、背中を押してもらっている。

このクソッたれな世の中でも、生きていて良かったとか、案外悪くないな、とか思いながら。

この落ち枝が、この樹の何かを許しているって考えると、どうですか?

それって僕らの何かが許されているって、
僕らもこの盆栽のように。

それでも人は癒され、感動してくれるって。

「空間有美」

完璧は神様に許された特権ですよね。

僕らの作ったものには神は宿らないんですよ。
その空いた空間に神様が入ってくるんですよ。

そうやってこの樹から謙虚に生きる事を学んでもいいじゃないですか。

そうやって沢山の人達に自由に盆栽を眺める事の楽しさを知ってもらいたいなぁ。

そんな気持ちでこの樹に触らせて頂きました。

ありがとうございました。





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