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長い長い話の途中。

暗くなっても畑仕事を切り上げられない下手くそ太郎です。

おかげさまで大きな素材を沢山畑からあげられました。

実生58年から接木40年生まで様々です。

一度放置してしまった素材を数年かけて追い込みと根回しを繰り返し、ようやく小さな根で鉢上げが可能な段階になりました。

盆栽をつくるって言っても、種から始まる過程を追いかけて飾れるところまで持っていくまでの、

その壮大な物語、その一部分に関わるのが僕たちです。

あくまで主役は盆栽。僕達は登場人物の一人。

どうせ出演するなら、名脇役と言われたいものです。


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感動を紐解く

お客さんの木の手入れです。

実生49年生。

この幹のシャリですが、
この木が実生5、6年生だった苗木の頃に針金で曲をつけた部分がこのシャリなのです。

幹が太っていく段階で必ずしも幹の周囲が均等に太るわけではなくて、根の発達した部分から太っていきます。

ちなみにこの木は根上り松ですが、畑にあるときは全く幹を左に起こした状態で植えてありました。

ですから、この元の幹の下が発達していったことがわかります。

シャリの頂部の尖っている部分は根にあたり、底が枯れた時に、そこに繋がる幹部分が枯れ込み、その後枯れた部分の発達は止まり、今の幹から押し出されるような形でシャリとしての残ったものと推測されます。

このように実際のシャリのできる過程が畑には段階的に見ることができるし、そこで得た経験を山に自生する自然樹で実際に確認することもできます。

こうやって摩訶不思議な幹の成り立ちも、ちゃんと紐解けば、とても面白い物語が隠されているということがわかります。

人は目の前のものに感動しているうちは、本当のところ、頭には入りません。

酔っているから。

そのあと静かに波が引いたあとにこそ、じっくりと観察する機会が訪れるし、その時に気づきや成長、反省の種を見つけることができます。

だから、感動したものから何かを得ようとおもったら何度でもそれに触れた方がいいと思います。

そのあとで、ゆっくり湧いてくる言葉が目の前のものに対する本当の自分の感情だと僕は信じています。

僕はまだまだ感動しっぱなしの若輩者です。

観るが足りないから、まずは観るのです。

だから吾妻山に惹かれ続けるのです。





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大黒盆栽会は凄い!

本日は二本松市にあります大黒盆栽会さんの講習会でした。毎年春と冬に二回。今年で丸3年になります。

こちらの盆栽会さんは91歳の会長さんはじめ、会員さんのほとんどが80歳越えのスーパーなクラブです。

ところが今日の講習会もほぼ全員出席のやる気満々クラブです。

1つ1つ木に対して、僕はどうしてこの正面にしたのか、この枝を抜くのか実況中継しながら、教室は進んでいきます。

初めは枝抜き、荒がけだけでなく芽起こしまでやってましたが、今ではみなさんで協力して仕上げの針金までやるよつになりました。

年々やる気が上がっているのだから凄い!

この大黒盆栽会さんからは本当に盆栽を楽しむかとは何たるかを教えて頂いています。

殆どの愛盆家さんにとって、盆栽全体の問題や、盆栽の世界、ステータスといったことよりもまず、目の前の自分の盆栽が少しでも良くなるかどうかが大問題なんですよね。

あまりにも当たり前のことなんだけど、僕らは意外と忘れがち。

持ちくずしてしまった木に対して、何処か後ろめたい気持ちをもっていたり、亡くなった旦那様の木を枯らすわけにはいかないからと、ただ水やりを続けてきたり、

でも本当のところ、枝を決めて方向性を示してあげるだけで、その木を通して、その人の盆栽に対する目が一変することがあります。

例えば、

「盆栽の枝に積もった雪がとてもリズミカルで、綺麗だった、今まで気がつかなかった。」

「もう捨てようと思っていた木がこんな姿になるなんて、今日もったきてよかった」とか。

面白いのは、「みなさん絶対に死なないでください。」なんて少し毒のあるユーモアも飛び出してきます。

それはまさに「空間有美」の生み出す世界。

それは無関心から関心へと変わる瞬間です。

ここのところに焦点を当てて仕事をする人間、

要するにプロフェッショナルな人間になりたいと切に願いながら、精進していきたいと思いました。

大黒盆栽会の皆様、本日はありがとうございました。


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ロータスヨガスタジオさんで苔玉教室

今日は市内にありますロータスヨガスタジオさんで苔玉ワークショップでした。

みなさん、素材を上手に選んでいました。

出来上がりの完成度、高かったです。
興味ありな方は、ぜひスタジオで確認してみてくださいね。

これから冬の間、みなさんの近くでそっと背中を押してくれる存在になりますように。

本日はありがとうございました。

来春もこちらでワークショップ開催予定です。

いまからたのしみですね。





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中釜戸のしだれモミジ

本日はぼんさいやあべの研修旅行といいますか、いわき市渡辺町にあります中釜戸の枝垂れモミジを見てきました。

国の天然記念物に指定されているこのモミジ、父が20年ほど前に一度見て以来、紅葉の時期にもう一度見たいということで思い切って出かけてみました。

写真でもわかるように、あまりにも圧倒的。

こんなに古いモミジを見たのは初めてです。
そして形はあまりにも異形。

さらに驚いたのは、この木にまつわる由来がまるで無いということ。
樹齢は不明。植えた人も不明。伝説もない。

おそらくは地元の人たちのそれぞれの物語によって言い伝え守られてきた木なんでしょうね。

もう一つ気がついたのは、この枝垂れモミジの枝を接いだであろうモミジが周り近所に沢山あったこと。

今は国の天然記念物だから、簡単に枝を接ぐなんてできないと思いますが、手前の子供たちは市で接いだものだといっていました。

正直、枝垂れモミジの一本は写真で見るよりガレているし、親父も以前よりだいぶ弱ったといっていましたから、次の100年はもたないという印象です。

確かにこの木が今日の感動を生んでいるわけですから、次の世代の木にそれを期待するのは違うのかもしれませんが、それでもこの木に感動した人がする行為としては、とても共感できます。僕だってここに住んでいればそうしています。

この地区の人の小さな関心の積み重ね、それこそがこの木のもつ歴史の重みなのかもしれません。

それにしても、福島の自然樹はすごい。

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西会津にヒントあり。

長ーい文です。

本日は西会津を巡ってきました。

一番の目的は江口敬さんの作品「風姿」に出会うため。
西会津芸術村で開催中の展示会、本人も在郎ということで喜び勇んでまいりました。

http://egtkweblog.exblog.jp/26297817/

と、その前に西会津でもう一つ行きたかった場所、
大山祗神社の参拝です。
http://www.ooyamazumi.net/index.html

我が家の地区にも大きな杉の木の大山祗神社があり、我が家も氏子になっています。
福島県の山の神様の親方である西会津のこの神社参拝は以前から行ってみたいと思っていました。

遥拝殿参拝の後、奥の院に行こうと思ったらどこぞの親父が家から出てきて、「往復三時間もかかるよ。」と教えてくれました。さすがにこの雨だし、でも行きたいし・・・。

すると「一人で行くんじゃねーぞ、何かあってもわかんねんだから。」って。
はい、素直に出直してくるといって戻りました。

次来るときは物好きな人を連れてきます。

途中、鳥追観音の高野マキを見てきました。
http://www.torioi.com/
真言宗だけに高野マキなのかなぁって思いましたが、
伝承1200年の樹齢に驚きました。
屋久島でいうところの紀元杉じゃないけれど、これが本当なら徳一大師がこのお寺を開いたときに在った(植えた)ということになります。

いつも巨樹、巨木には歴史が寄り添いますね。
伝説大いに結構、信じることでこの木が僕に及ぼす効果は
真実なわけですから。

大山祗神社へ行く途中には、
念仏杉という樹齢450年のすぐの古木がありました。
大きな木や、石などに信仰心を抱くことって、実際にこういった木に出会うと確かに腑に落ちるところがあります。人間の手の及ばないところに、人は手を合わせるのかもせれません。

そして、西会津野沢駅近くにあります、下条のフゲンゾウ桜。

30分歩き回ってもないから、
近くの道の駅の店員さんに聞いてみると、
以前TVで紹介されたといって教えてくれました。

それでも言われた場所にないからあきらめようと思ったところ、
土手の上の墓地にその木はありました。

確かに雪深い会津に樹齢450年生き続けた異形の桜。しかし、
言葉が出ないくらいのガレ具合。
寿命がやってきたのでしょうか。
巨樹との出会いは、いつでもこの避けられない運命との出会いをはらんでいます。

一つ残念だったのは、
看板を立てて保護しようとした形跡があったところ。
そしてこの木はまだ生きているというところ。もはやその手入れが放棄されているところ。

僕はモノづくりをしていて、そして田舎に住んでいて、最も悲しいのは無関心だと思います。

まだ弔うには早いかもしれませんが、この木の枯死を見届けてあげてほしい。あげたい。

一方で地域の可能性を必死に考えて掘り起こそうとしている人がいるにもかかわらず、一方で無責任な地域振興の怖さを思い知らされました。

地方の観光課や文化課の人たちが自分の仕事にどれだけ責任をもてるか、継続することの難しさ、継承することの困難、そこに「手入れ」という考え、「持ち込む」という時間をかけることの大切さをどれだけ意識できるか。

盆栽も東京オリンピックや世界大会もあり、世間にピックアップされていますが、僕たち当事者も一時的な効果に期待しすぎて、責任を人に預けて、考えることを放棄してはいけないなと、この桜を見てヒシヒシと感じてきました。

そんな思いにはせながら、西会津国際芸術村へ。
http://nishiaizu-artvillage.com/

江口さんは先についていました。

そして二人でゆっくりと作品を見ながらお話しできました。

率直な感想としては、とても分かりやすい表現だと感じました。
それはもちろん江口さんのお話があったからだと思います。

江口さんが能に対する、その情景や心情を江口さんが表現するとこうなる、という作品。
そのキッカケが作品「清経」であること。

そう思うと
僕がこの作品を見た印象を懐深く受け止めてくれる作品。
「見立て」とありましたが、本当にその通りの作品。

物静かな江口さんの心の中にも、渦巻く情念を垣間見た気がして、なんだかうれしくなったこと。

能に関して全く無知でも、「見立て」ることとで、どんどんイメージが広がっていきます。

そして、僕が江口さんの作品に惹かれる理由が、そこにあります。

江口さんはその世界の入り口に立っていて、その世界を垣間見せてくれるナビゲーターのような人。

ぼくが「風の向こう側」でコラボした時も、それは強く感じました。

もしかして江口さんが表現しているものって、とてもシンプルで誰しもが抱いている、誰しもが感じている、誰しもが見ているものなんじゃないでしょうか。

難しいとかわからないとは全く筋の違う

作品の前でそんな分かち合いをすることが、この作品のもつ力なんではないでしょうか。

あのコラボも、それほどまでに完成度が高かった。(自画自賛)

江口さん、さすがです!
惚れ直しました。

そして、芸術村の矢部さんも素敵な人、以前の仕事のお話もすごく面白かったです。

僕の勝手な解釈からすると、矢部さんの今の仕事って、西会津っていう器の中で、
もちろんそれは制限がたくさんあると思うのですが、
一つ一つの魅力を丁寧に時間をかけて掘り起こして、
作りこんでいく人。
歴史、文化、自然、人。

最小限で最大限。
盆栽みたい。

かっこいいです、矢部さん!

というわけで、勝手にテンションを上げながら、僕自身の栄養を沢山いただいた一日でした。

西会津、また行きます。





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子供達と苔玉の授業。

本日は地元の庭塚小学校の四年生と一緒に苔玉を作ってきました。

総合授業を受け、先週のぼんさいやあべ見学に次いで、第二弾です。

さすがは四年生、自分たちで悪戦苦闘しながらも、最後は上手に仕上げていました。

僕がここ数年の中で、必ずやりたいと思ってたプログラムが、偶然にも地元の子供達と一緒に実現できたのは、とてもうれしく、ドラマチックだなと思いました。

我が家を見つけてくれた担任の阿部先生には本当感謝の気持ちです。

そしてまた、今回のワークショップで沢山の気づき、課題も見えてきました。

まだまだ僕の進歩の余地ありにワクワクです。

そして何より子供達がとても反応が良くて、ワークショップをやりやすい環境を作ってくれた事が一番嬉しかったです。

少しは売れないポップコーン屋さんのお面返上かなと。

とにかく、手入れは習慣だから子供達にはまだまだ大変な事だと思うけど、それよりも今日1日楽しい時間を共有できた事を大切な思い出としてほしいと願います。

この授業来年以降も継続の意向なので、今日からまた準備の楽しみをいただきました。

庭塚小学校四年生のみんな、先生方ありがとうございました。

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ロンドンからお客様。

本日は遠くイギリスのロンドンからお客様でした。

写真家のノーバート・ショーナー(Norbert Schoerner)さんです。

http://www.dayfornight.tv/schoerner/
http://www.dayfornight.tv/schoerner/still/landscape/

以前我が家に足を運んでくださったご友人が、我家の盆栽の写真や映像を見て、祖父倉吉、父健一のことや、我が家の作品を気に入ってくださったそうです。

なんでも東京で某化粧品会社の広告写真の仕事があるとかで来日したそうです。その合間の休日を利用しての来福となりました。

とても気さくで優しい人でした。
通訳の方は以前ノーバートさんのアシスタントをされていた女性で、二人の信頼関係に甘えて、どんどんお話をさせていただきました。

来春には吾妻山の景色を撮影に来るそうです。

この福島での撮影は、仕事ではなく彼自身の作品として取り組むとか。

どんな作品になるか今から楽しみです。

彼が言いました。
「今はなんでも急いでいますよね。私も阿部さんのように、ゆっくりゆっくりこの作品に取り組みます」

It is slow slowly.



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盆栽からのご褒美

ヤマモミジ。
不思議な不思議な紅葉です。



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子供達と盆栽時間。

本日は地元の小学校の四年生が授業の一環で我が家を訪れました。

1時間の講義でしたが、みんなシッカリとお話を聞いてくれました。

メモの紙が後ろまでビッシリの子が何人もいて、
とても嬉しかったてます。

ありがとうございます。

来週は授業の後半。
みんなで苔玉作りです。

今から楽しみですね。





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