« 一関市で空間有美 | トップページ | 空間有美を手渡しできたら、しあわせだった。 »

どうせやるなら、みんなで幸せになりたいじゃないの。

お客さんの手入れです。

初め持ち込まれた時は、ずっと右に起きていた木だったのですが、春の植え替え時に左に倒して植え替えました。

一度に仕事をしないで、ひと夏過ぎて落ち着いてこの時期に枝抜き整形を行いました。

そのまま枝を抜かないでまとめてしまうと、樹冠部に使う枝は2つ、差枝もぶっとい枝がズンッと伸びていて、厳しい幹に似つかわしくない印象です。

空間有美の作りの型の1つに、立ち上がりから樹芯の最後の1芽に至るまで一本の筋を通すというものがあります。

例えば足元から幹が分かれるものは株立ちや多幹となりますが、それが樹冠部で突然幹筋がバラバラに分かれるとメドューサのようになってしまいます。

吾妻山に自生する樹齢800年の日暮らしの松は、芯まで綺麗に抜けてるまさに名木。

樹種は違えど、僕たちは自然樹と僕たちの理想が一致した時に初めての感動するのかもしれません。

ですから、表現とは憧れそのもの。
まずは自然には敵わないという謙虚な心持ちが自然より自然らしい表現に到達する土台となるのではないでしょうか?

というわけで、二本ある樹芯の1つはカット。

左の差枝も長さは悪くないのですが、厳しい環境なのに、これだけ効かせる枝がゴボウのようにスクスク育ってしまっては、厳しさの演出ができませんよね。

ですから、途中の細い枝に切り戻して、針金で曲をつけて、作り直しです。

こうやって実際には必要のない枝を落として、姿を出していきます。

もし、枝をできるだけ使ってまとめると、幹がチラチラ見えない姿にまとまります。

自然の木は、厳しい幹が、枝葉を纏ってチラチラと見え隠れしています。

もしそのまままとめると、アイスクリームをすくって上にポコッと載せたように見える。

どんなに幹骨が凄くても、景色と幹骨の一体感無くして、空間に美は生まれません。

今回の木この仕事、仕上がりは、ほぼ新作りといった状態です。

幹に対して葉バリは小さい印象に見えませんか?

ここから、3年程持ち込むと、ある程度欲しい輪郭は出来上がると思います。

それに伴い、景色が単調にならないようにシッカリ枝を透かしていけば、もっと樹格は増していくと思います。

大切なのは、この木が真柏盆栽全体にとって位置づけよりも、この木が今日1日良くなって行くために、今何が出来るか。

愛盆家さんにとって、目の前のご自分の木がどうなって行くかが一番の大問題なわけですから。

この木の仕事をする時、この木を語る時、この木で語りたい。

共感を生む仕事とは、過程が大事。

少しでも我が家の仕事が、お客さんの背中を押すようなものでありたい。

そんな体験を分かち合うことで、少しでも盆栽に興味を持ってくれる人が増えたら良いですね。













|

« 一関市で空間有美 | トップページ | 空間有美を手渡しできたら、しあわせだった。 »

「盆栽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/209438/68738642

この記事へのトラックバック一覧です: どうせやるなら、みんなで幸せになりたいじゃないの。:

« 一関市で空間有美 | トップページ | 空間有美を手渡しできたら、しあわせだった。 »