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今年最初の講習会

本日は盆久楽会講習会でした。

皆さん面白い素材を持ち込んでました。

さてさて、今年も盆久楽会員一同、盆栽をもっと面白くしていきますよ。

皆さんお疲れ様でした。

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生みの親、育ての親

吾妻五葉松、根上です。

実生50年生。

この実生50年生の盆栽たちは、母親が10月に嫁いだ翌年の1月に実生5年生の苗木に曲付けしたものです。初めての曲づけ仕事です。

それから45年経つわけですが、夫婦の中で色々あると冗談で

「私が出て行くときは、私が曲づけした木の頭を切ってでていくから!」

「それだけは勘弁してくれぇ」

なんてやりとりしてましたね。

自然を表現していると言えども、実生から盆栽を作ったのは人です。

もちろん僕らが知らない自然は無い自然です。

僕らが知って、或いは関わっていなければ、それは悠久の自然とも言えないものです。

この根上の五葉松盆栽も、この小さなエピソードが、見る人との距離をずっと近づけてくれるのかもしれません。

その木が樹齢何百年生きてる、それも大切な説明ですが、推定樹齢よりも、確かなエピソード一つが僕らをずっと盆栽の歴史や伝統の中へと誘ってくれることもあります。

それにしても、頭を切られなくてよかった、よかった。

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思い出スイッチ!

これは何の実かわかりますか?

もったいつけてごめんなさい、クスノキです。

先日の広島行脚の時に、平和記念公園と縮景園で拾ったクスノキの実です。

広島市中で圧倒的に多く植栽されていました。

クスノキ自体はそれなりの樹齢なんだろうなって思ったのですが、それにしても歴史のある街に古い木が少ないことに気がつきました。

それも平和記念資料館をみて、改めて納得したのですが、本当に何もかも焼き尽くされいました。

そのあとでもう一度公園や川沿いを歩いて思ったのですが、十数万人の魂を吸って、今の広島の空に返してきたのって、実際にはこのクスノキたちなんじゃないのかなぁって。

新しい街、僕みたいな外から来た観光客が歩いても何処にも呪いなんてない、華やかな街。

そう考えたら、このクスノキたちって、凄いなぁと思いました。

たかが街路樹と言っても、やはりここは広島なんだよなぁって。

そして僕はまた得意の妄想に耽ます。

僕の好きな昆虫、実は一度も見たことのないアオスジアゲハ。

食草はクスノキです。

嫁の実家の名古屋にもクスノキはたくさんあるから、子供達は帰省の際に見てるらしいんだけど、

上野公園にもたくさん飛んでるんらしいんだけど、

どういうわけか、僕は見たことがない。

恐らくは温暖化の影響で生息地は必ず北上して来ているとは思うんだけど、僕の住む地区は福島でもさくらの開花が、一週間遅くなる場所だから、まだ住めないと思う。

そこで、クスノキを育ててみると、この木が成長したころ、アオスジアゲハが市内から山沿いに移ってくるとする。

もちろんそれは、ファンタジーだけど、先祖が広島のアオスジアゲハで、70年かけて此処まで来たとしたら。

その懐かしさで胸が熱くなる!?
チョウに感情が無いって言い切れないでしょ?

というわけで、広島クスは一人の青年の夢とともに、福島にやって来たのでした。

発芽に失敗したら?

簡単です、また広島の仲間に頼んで種を送ってもらいます。

思い続けるには、相当な忍耐が必要です。

でも思い出し続けるには、何かしらのスイッチがあればいつでも思い出すことができます。

人が人を思うとき、僕が広島を思うとき、
そのスイッチはどうやらクスノキになりそうです。

それにしても、アオスジアゲハ、広島の街にはたくさん飛ぶんだろうなぁ。

素敵すぎる!

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伝承するということ、

お客さんのお手入れです。
四国五葉松の山採りかと思われます。

数年前に全く枝が暴れて手入れが行き届いていない状態で持ち込まれ、我が家での整形は2回目になります。

1枚目の主木の一の枝に注目してください。
右の泳ぎだしの子供にかかり過ぎて、枝が混み合って見えます。

かといって子供が見える位置へと反時計回りに僅かに鉢を振ると、左の子供二本の空間が窮屈になり、さらに泳ぎだしが奥に逃げてしまいます。

そこで主木のこの一の枝を抜いてしまうと、主木の枝がずっと高い位置まで無くなること、主木が一番前にハト胸状に立ち上がっていて、幹のふくらみが目立ってしまうこと、この前枝が無いと、後ろの子供まで景色が抜けてしまい、奥行きが出ない事など、実は物凄く大事な枝になります。

そこで最後の写真をみてください。

この枝をほんの少し、大きさで言うと枝に葉が3つ、5、6センチほど枝を詰めました。

すると、泳ぎ出しの子供の背中に僅かばかりの空間が生まれたことが分かります。

と、こんな事を考えながら、盆栽を作っています。

これ関しては感性というより、空間有美の型としての考えです。

だから、この話は父親と共有することができる話なのです。

ある時は、一芽の位置で議論になります。

こうやってコミュニケーションをとりながら技術の継承が行われていると実感しています。

よく職人の世界は見て覚えるとありますが、正確には考えを伝えて覚えるものだと思います。

見て覚えるのは天才です。
見て考えて、その考えをシェアしてくれる人がいて、恥かいたり、受け入れてもらったりして初めて自分の中でふに落とし込むのが、僕ら凡人の手順です。

僕は親父も親方も祖父も凄い職人だと思います。

僕はもう敵わないと初めから降参している。

けれど、いつも考えるのは、そのエッセンスを紐解けば、必ず誰しもが共有できる手順に落とし込むことができるんじゃないか?ということです。

自分の仕事は、沢山の人の思いや歴史を経て、いま形になっています。

僕だけがもらった感性や技術なんて、いわば時代の産物です。

継承できるものはもっと奥のずっと底の方にあるものだと思います。

我が家の祈りは無二ではなく、無私だ。
吾妻山に憧れているんだ。

共感を生む仕事こそが、次の時代に残る仕事であったら、本当に嬉しい。

いつか英語くらいシンプルに空間有美について、沢山の人と語り合えるようになりたい。

ところで僕は、

五葉松の枝葉に隠れたこの言語、紐解くにはまだまだ修行が足りないようです。

ありがとうございます。





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温故知新を、温故知新により学ぶ。

昔の資料を見ていたら、阿部倉吉の色紙が出てきました。

香樹園の村田憲司氏の言葉が添えられています。
「今日ほど盆栽界が活気をもっている時代はないし、また整姿技術なども驚くほど向上してきた。
だが、全ての点において昔の名木盆栽より優れているかというと、必ずしもそうではあるまい。昔の名木には独特の趣があった。温故知新という言葉もある様に、学ぶべきことも少なくないだろう。」

平成4年は祖父が亡くなった年です。
3月とありますが、8月命月ですから入院前に書いたものと思われます。

祖父はたくさんの色紙を書きましたが殆どお客さんに書いたもので家には数枚しか残っていません。

いまココでこの色紙が出てきたことの意味。

それを考え、活かしていくのが僕の役割です。

お爺ちゃん、盆栽はまだまだ面白くなれるよ!

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まだまだ降るよ!

ここは会津じやないですよ。

福島市です。

今年はしっかり降りましたね。

お陰様で腰がキン肉マンです。

ちなみに松は毎日雪降ろしてこれですよ。

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腰痛警報発令中!

もはや、何屋さんかわかりません。

それにしても嬉しいのは数年ぶりのパウダースノー!

雪かきしていても全く濡れません。

雪質がいいと、雪かきしていても気分がいいですね。

そして明日はきっと整体屋さんが大忙しになるでしょう。

福島県、腰痛警報発令中!

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スイスな気分

イタリアのアウエルさんが、ワークショップの生徒さんと福島に来てくださいました。

スイスのドイツ語圏の方達だそうです。

一泊2日、たっぷりと空間有美の世界に触れて頂きました。

まだ日本の旅は続くそうなので、ぜひ楽しんでいってください。

ありがとうございました。



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空間有美、英訳。

コンベンション協会のアンディさんが、空間有美について阿部倉吉がのこした言葉を英語に翻訳してくださいました。

 

ここで強調したいのは、この表現の景色が福島の吾妻山にはある、ということです。

 

3月の展示会、5月の自生地ツアーにむけて、最強のアイテムが手に入りました。

 

皆様もぜひ、福島の魅力アピールにこの文章を使っていただけると嬉しく思います。

アンディさん、ありがとうございます!

 

空間有美について

 

 

 

盆栽というのは、自然流でなければならない。もちろん、自然の木にも見苦しい枝や不要な枝があれば、

 

盆栽として作る場合にはそれを手伝ってやる必要もあるし、なかには、自然に反した無駄な作り方をしなければ鑑賞に堪えられない木もあろう。ただし、技巧を加えても、無理をした場所は枝葉で隠すなどしてその跡を見せないことで、無理のないように作っていかなければならない。

 

 

 

つまり、自然に範をとった無理のない木作りをするには、自然の樹木をよく観察し、それぞれの木が育成する環境、性質、個性を考えていくことが大切である。例えば、盆栽の枝を考察してみても、「この枝はなぜ太くなったのか、このような太い枝はどうすればよいのか」とか、「この枝はなぜ細いのか、このような細い枝はどうすればよいのか」などという疑問に答えてくれるのが、自然樹の枝の付き方なのである。

 

 

 

自然にある野山の木々には、長年の間に日陰になっていた幹や枝は枯れ、日当たりのよい枝が残るなどの淘汰が行われている。すなわち、樹齢を経た老木は、自然にみずからの姿を作っていくのである。松は、古くなればなるほど葉数が多くなり、葉数が多くなるほど、重なり枝(下枝)に日光が当たらなくなるため、幹から出た枝や小枝の込み合っているところが枯れて、そこに空間ができるのが自然であり、一枝ずつが自分の決められた場所で十分な働き(芸)を見せてくれる。これを盆樹の枝作りの参考にしないことは考えられぬであろう。

 

 

 

また、自然樹を手本とした樹形の考察で、どうしても忘れられないのが「空間有美」という言葉である。これは、文字通り空間には美しさがあるということで、自然ならば枝と枝との空間、幹と幹との空間、枝と幹との空間が考えられ、盆樹ではこれに鉢の空間が付け加えられるであろう。盆栽を作っていくには、空間を生かし、空間の表す美しさを表現することが重要なテーマとなる。

 

 

 

枝のハズミや変化もなく、ただ庭木を刈り込んだような、樹冠一面がベッタリと葉で埋まっている盆栽を見たことはないだろうか。これでは、盆栽の見どころである幹模様や枝ぶりも見られない。このような味のない木を見ていると、いかに空間(間)が大切であるかを思い知らされる。

 

 

 

盆栽を作るうえでは、常に空間には美しさがあるということを念頭に置いておかなければならない。

 

これが「空間有美」という言葉に込められた意味であり、願いでもある。

 

 


 

 

About ‘Kukanyubi’ (The Beauty of Space)

 

Bonsai means following the flow of nature. Of course, many natural trees have unsightly or unnecessary branches, and you have to support them when practicing bonsai. When working with these trees, sometimes you have to rely on unnatural techniques to appreciate their aesthetic worth. However, you can use additional techniques to hide the unnatural areas with branches and leaves, and produce trees that do not appear unnatural.

 

Ultimately, you have to use natural examples to create natural looking trees. It is important to observe nature and consider the environment where the tree grew, the properties of the tree, and its individual characteristics. If you study the branches of a tree, you might ask yourself, “Why did this branch thicken, and what should I do with such a thick branch?” Or “Why is this branch so thin, and what should I do with such a thin branch?” But, it is a naturally occurring shape.

 

Trees that grow naturally on a hillside have trunks and branches that may wither after spending many years in the shade, and the branches that receive a lot of sun may grow and prosper. That is to say, old trees that have aged naturally produce their own natural shape. As pine trees age, the number of leaves increase, as leaves increase, the heavy lower branches may no longer receive any direct sunlight. The tree begins to wither where the branches join the trunk, or where there is a bunch of small twigs. Space is created naturally, and each individual branch, in its own place, can show its function. This is what you have to think about when you cultivate branches with bonsai.

 

When you consider a tree’s shape, using a natural tree as a model, you should never forget the phrase ‘kukanyubi’. This translates into English as ‘the beauty of space’. In nature, you can consider the space between branches, between trucks, and between branches and trunks. In bonsai, you can also include the space of the pot. When you produce bonsai, the spaces are alive, and showing the beauty of these spaces is an important theme.

 

Have you ever seen a bonsai where the canopy is covered in leaves? Where there is no balancing or alteration of the branches, and it is simply pruned like a tree in a garden? You can’t see the form of the trunk or the shape of the branches. If you see such an un-styled tree, you will understand the importance of ‘negative space’.

 

When cultivating bonsai, you must always keep ‘the beauty of space’ in mind. That is the desire and meaning contained in the phrase ‘kukanyubi’.

単幹樹形について

 

たんかん樹形には、直幹、斜幹、模様木、文人木、半懸崖、懸崖、根上がり、蟠幹などがあげられるが、同じく分類される樹形であっても生育する環境の違いによって、それぞれに異なってきてしまう。それゆえに、盆栽では何を表現すべきかという狙いを定めた木作りが求められるのであろう。そして、一つの枝の配置によっても表情を変える樹形表現の極致は、自然の木々に教えを乞うてこそ可能である。

 

多幹樹形について

 

双幹、三幹、株立ち、筏吹き、根連なり、吹き流し、武者立ちなどがあげられる多幹ものでは、各幹の配置によって作出される調和が重い意味をもってくる。そして、多幹ものにおける樹形表現も自然の摂理を無視しては、決して成り立たないのは自明のことである。空間に美を主張させるためには、自然樹が今ある姿にいたる過程までも考察し、一幹、一枝のもつ意味を探ることも求められる。

 

 About Single Trunk Styles

 

There are many different single trunk styles: chokkan (formal upright), shakan (slanting), moyogi (informal upright), bunjingi (literati), hankengai (semi-cascading), kengai (cascading), neagari (exposed roots), bankan (twisted trunk). They are all grouped in the same single trunk style, but each style requires a vastly different method to produce. Therefore, first you have to determine the aim that you want to achieve. Then, by looking at natural tree shapes, you can learn how to position each branch, and how to change the appearance to achieve the perfect expression of that style.

 

About Multiple Trunk Styles

 

There are a wide range of multiple trunk styles: Sokan (two-trunk), sankan (three-trunk), kabudachi (clump), ikadabuki (raft, straight-line), netsuranari (raft, sinuous), fukinagashi (wind-swept), musadachi (warrior-stance). The placement of each trunk is very significant to achieve harmony. It is obvious that we can’t rely on natural forms when creating multiple trunk styles. To emphasis the beauty of the spaces, we can still consider existing natural tree shapes, and search for meaning in each trunk and branch.

 

 

 

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広島でシッカリお仕事、ちゃっかり観光。

皆さま、明けましておめでとうございます。

今年はとても斬新なスタート。

3日には山口県柳井市にありますフラワーパークにて、五葉松で苔玉ワークショップを行いました。

初、山口県でしたが、皆さん快く迎えて下さり、とても楽しい時間を過ごさせて頂きました。

苔玉作りは初めてということでしたが、素敵な苔玉ばかりでしたよ。

主催者の山本さん、参加者の皆さんありがとうございました!

そして、昨日は広島市でワークショップ。

僕にとっての広島の顔、田原社長の教室?で行うことができました。

集まった方の中には福島でもお世話になった方もあり、久々の再会でとても嬉しいかったです。

また、僕よりも若い世代の方とお話しする機会もあり、ここでもまた沢山の気づきを頂きました。

田原さん、皆さま、ありがとうございました。
田原さんと広島デート、楽しかったです。

そして、今回の立役者様、

今回の広島観光、山口広島ワークショップはいつもお世話になっております、採用と教育の半田真仁さんのお陰で実現することができました。

半田さんの故郷、広島。

個人的にいつか行ってみたい場所で、シッカリとお仕事もさせて頂き、沢山の方とお会い出来、とても有意義な時間でした。

それとともに、沢山のヒントも頂きました。

盆栽やってて良かった。改めまして。

もちろん両親、祖父母に感謝ですね。

そして吾妻山にも感謝ですね。

半田さんとみっちりお話しできて嬉しかったです。ありがとうございました。

お先に福島でおまちしています。





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初春は広島からスタート

みなさま、明けましておめでとうございます。

新春はここ広島よりご挨拶申し上げます。

ピリッとした朝の空気が心地よい朝です。

今年もよろしくお願いします。

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