吾妻五葉松盆栽展!

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福島市西部にそびえる吾妻山は、盆栽の人気樹種、五葉松の日本三大産地として有名です。

また、吾妻山の自然が作り出す五葉松の樹形は特徴的で、先人たちの時代からその姿をお手本に数々の盆栽が作られてきました。

中でも、ぼんさいやあべ、初代阿部倉吉はその独特の感性と自然への審美眼から「空間有美」の作風を確立することになりました。

その作風は現在2代、3代へと受け継がれ、今なお多くの人々を魅了し続けています。

さらに近年では、その作風を目当てに海外からのお客様もここ福島に来てくださっています。

この展示会では皆様に、吾妻五葉松の盆栽を通して、吾妻山、福島の盆栽文化の魅力を伝えていきたいと考えています。
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当日は、盆栽展示に加え、デモンストレーションやミニ盆栽の即売など予定しています。

また3代目が時間のゆるす限りガイドいたします。

お時間のある方はぜひ、足を運んでくださいませ。

↓当日の案内チラシはこちらから
https://mail.ocn.ne.jp/service/home/~/福島特産市表.pdf?auth=co&loc=ja&id=274023&part=2.2
https://mail.ocn.ne.jp/service/home/~/吾妻五葉松展裏.pdf?auth=co&loc=ja&id=274180&part=2.2

コラッセふくしま
http://www.corasse.com/

福島観光コンベンション協会
http://www.f-kankou.jp/

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西風、吹いてます。

米栂。

ご縁あって手入れしている木です。
3年前に枝が暴れて枯死に向かっているところを、あら作り同然で姿を出しました。

その時は石についていたのですが、石から外して植え替え、肥培に勤めてきました。

今回は、それから2回目の針金掛けです。

相当枝が間伸びしていましたが、誤魔化して枝を伸ばし手繰り寄せたりしないで、少しずつ胴吹きさせた芽に追い込んできました。

まだ、間伸びしている部分もありますが、ようやく姿が出てきました。

ここから3年後に、展示会に出せる状態に仕立てていく予定です。

空間有美の仕事は、時間がかかるといいますが、次の段階が見えれば、焦って欲張れば、結果的に遠回りになることを経験的に知っています。

さあ、西風に耐え抜いた自然の景色、皆さんに届けられるように、ここからまた丹精のスタートです。

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その時代を知りうる古老。

米栂、株立ち。

山実生で、50年前には30㎝くらいの背丈のものを、畑で培養して育てました。

樹齢は80年くらいと思われます。

祖父の名前で30年ほど前に祖父の名前で展示会に飾られています。

この頃が1度目の隆盛期といったところでしょうか。

その後、大きく作を落として、当時の面影なくガレてしまいましたが、5年前に残った枝で作り直し、針金掛け3回目、ようやく姿が現れて来ました。

ここから3年ほどかけて、葉張りをつけていこうと思います。

当時の怒涛の流れとは違い、苦節を乗り越えた古老といったところでしょうか。

さて、この米栂の古老、この先30年の中で、僕たちに何を語り、何を伝えていくのでしょうか。

僕たちは、その言葉に耳を澄まさなければいけません。





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どデカくピーアール

日進堂さんから、素敵なポスターが届きました。

ちなみに姪っ子と二代目です。

着々と3月の展示会の準備が進んでおります。

こちらのポスターは近々西口のコンベンション協会さんの入り口でも見ることができると思います。

来週には展示会の案内も出来上がる予定ですので、とても楽しみです。

詳細は追ってご報告します。

ここまで力を入れて頂いて、感激しています。

さあ、春からエンジン全開だぁ!

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かすかに感じる早春の光。

朝の光を受けて、障子戸に浮かび上がる盆栽。

こういった景色との出会いが、盆栽の奥深さを教えてくれます。

ありがとうございます。

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今年最初の講習会

本日は盆久楽会講習会でした。

皆さん面白い素材を持ち込んでました。

さてさて、今年も盆久楽会員一同、盆栽をもっと面白くしていきますよ。

皆さんお疲れ様でした。

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生みの親、育ての親

吾妻五葉松、根上です。

実生50年生。

この実生50年生の盆栽たちは、母親が10月に嫁いだ翌年の1月に実生5年生の苗木に曲付けしたものです。初めての曲づけ仕事です。

それから45年経つわけですが、夫婦の中で色々あると冗談で

「私が出て行くときは、私が曲づけした木の頭を切ってでていくから!」

「それだけは勘弁してくれぇ」

なんてやりとりしてましたね。

自然を表現していると言えども、実生から盆栽を作ったのは人です。

もちろん僕らが知らない自然は無い自然です。

僕らが知って、或いは関わっていなければ、それは悠久の自然とも言えないものです。

この根上の五葉松盆栽も、この小さなエピソードが、見る人との距離をずっと近づけてくれるのかもしれません。

その木が樹齢何百年生きてる、それも大切な説明ですが、推定樹齢よりも、確かなエピソード一つが僕らをずっと盆栽の歴史や伝統の中へと誘ってくれることもあります。

それにしても、頭を切られなくてよかった、よかった。

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思い出スイッチ!

これは何の実かわかりますか?

もったいつけてごめんなさい、クスノキです。

先日の広島行脚の時に、平和記念公園と縮景園で拾ったクスノキの実です。

広島市中で圧倒的に多く植栽されていました。

クスノキ自体はそれなりの樹齢なんだろうなって思ったのですが、それにしても歴史のある街に古い木が少ないことに気がつきました。

それも平和記念資料館をみて、改めて納得したのですが、本当に何もかも焼き尽くされいました。

そのあとでもう一度公園や川沿いを歩いて思ったのですが、十数万人の魂を吸って、今の広島の空に返してきたのって、実際にはこのクスノキたちなんじゃないのかなぁって。

新しい街、僕みたいな外から来た観光客が歩いても何処にも呪いなんてない、華やかな街。

そう考えたら、このクスノキたちって、凄いなぁと思いました。

たかが街路樹と言っても、やはりここは広島なんだよなぁって。

そして僕はまた得意の妄想に耽ます。

僕の好きな昆虫、実は一度も見たことのないアオスジアゲハ。

食草はクスノキです。

嫁の実家の名古屋にもクスノキはたくさんあるから、子供達は帰省の際に見てるらしいんだけど、

上野公園にもたくさん飛んでるんらしいんだけど、

どういうわけか、僕は見たことがない。

恐らくは温暖化の影響で生息地は必ず北上して来ているとは思うんだけど、僕の住む地区は福島でもさくらの開花が、一週間遅くなる場所だから、まだ住めないと思う。

そこで、クスノキを育ててみると、この木が成長したころ、アオスジアゲハが市内から山沿いに移ってくるとする。

もちろんそれは、ファンタジーだけど、先祖が広島のアオスジアゲハで、70年かけて此処まで来たとしたら。

その懐かしさで胸が熱くなる!?
チョウに感情が無いって言い切れないでしょ?

というわけで、広島クスは一人の青年の夢とともに、福島にやって来たのでした。

発芽に失敗したら?

簡単です、また広島の仲間に頼んで種を送ってもらいます。

思い続けるには、相当な忍耐が必要です。

でも思い出し続けるには、何かしらのスイッチがあればいつでも思い出すことができます。

人が人を思うとき、僕が広島を思うとき、
そのスイッチはどうやらクスノキになりそうです。

それにしても、アオスジアゲハ、広島の街にはたくさん飛ぶんだろうなぁ。

素敵すぎる!

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伝承するということ、

お客さんのお手入れです。
四国五葉松の山採りかと思われます。

数年前に全く枝が暴れて手入れが行き届いていない状態で持ち込まれ、我が家での整形は2回目になります。

1枚目の主木の一の枝に注目してください。
右の泳ぎだしの子供にかかり過ぎて、枝が混み合って見えます。

かといって子供が見える位置へと反時計回りに僅かに鉢を振ると、左の子供二本の空間が窮屈になり、さらに泳ぎだしが奥に逃げてしまいます。

そこで主木のこの一の枝を抜いてしまうと、主木の枝がずっと高い位置まで無くなること、主木が一番前にハト胸状に立ち上がっていて、幹のふくらみが目立ってしまうこと、この前枝が無いと、後ろの子供まで景色が抜けてしまい、奥行きが出ない事など、実は物凄く大事な枝になります。

そこで最後の写真をみてください。

この枝をほんの少し、大きさで言うと枝に葉が3つ、5、6センチほど枝を詰めました。

すると、泳ぎ出しの子供の背中に僅かばかりの空間が生まれたことが分かります。

と、こんな事を考えながら、盆栽を作っています。

これ関しては感性というより、空間有美の型としての考えです。

だから、この話は父親と共有することができる話なのです。

ある時は、一芽の位置で議論になります。

こうやってコミュニケーションをとりながら技術の継承が行われていると実感しています。

よく職人の世界は見て覚えるとありますが、正確には考えを伝えて覚えるものだと思います。

見て覚えるのは天才です。
見て考えて、その考えをシェアしてくれる人がいて、恥かいたり、受け入れてもらったりして初めて自分の中でふに落とし込むのが、僕ら凡人の手順です。

僕は親父も親方も祖父も凄い職人だと思います。

僕はもう敵わないと初めから降参している。

けれど、いつも考えるのは、そのエッセンスを紐解けば、必ず誰しもが共有できる手順に落とし込むことができるんじゃないか?ということです。

自分の仕事は、沢山の人の思いや歴史を経て、いま形になっています。

僕だけがもらった感性や技術なんて、いわば時代の産物です。

継承できるものはもっと奥のずっと底の方にあるものだと思います。

我が家の祈りは無二ではなく、無私だ。
吾妻山に憧れているんだ。

共感を生む仕事こそが、次の時代に残る仕事であったら、本当に嬉しい。

いつか英語くらいシンプルに空間有美について、沢山の人と語り合えるようになりたい。

ところで僕は、

五葉松の枝葉に隠れたこの言語、紐解くにはまだまだ修行が足りないようです。

ありがとうございます。





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温故知新を、温故知新により学ぶ。

昔の資料を見ていたら、阿部倉吉の色紙が出てきました。

香樹園の村田憲司氏の言葉が添えられています。
「今日ほど盆栽界が活気をもっている時代はないし、また整姿技術なども驚くほど向上してきた。
だが、全ての点において昔の名木盆栽より優れているかというと、必ずしもそうではあるまい。昔の名木には独特の趣があった。温故知新という言葉もある様に、学ぶべきことも少なくないだろう。」

平成4年は祖父が亡くなった年です。
3月とありますが、8月命月ですから入院前に書いたものと思われます。

祖父はたくさんの色紙を書きましたが殆どお客さんに書いたもので家には数枚しか残っていません。

いまココでこの色紙が出てきたことの意味。

それを考え、活かしていくのが僕の役割です。

お爺ちゃん、盆栽はまだまだ面白くなれるよ!

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